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番外編 最強のデュエリスト(2)



《あー、マイクテスマイクテス。
 じょっ、城ヶ崎亜理紗です。じゅじゅじゅ14歳です。
 きょ、今日はクリスマスで……あーもう、撮りなおし!

 こほん、誰が聞いているのかわかりませんけど、こんにちは。城ヶ崎亜理紗です。あたしは今、14歳です。
 今日はクリスマス。ここはミュンヘンです。すごく寒いけど、あたしはとても素敵な気分です。
 実は今朝、お父さんとお母さんが、あたしにプレゼントを送ってくれたんです。ふふ、なんだと思いますか?
 そう、この録音機なんです。これを使って、あたしは今日から、声で日記をつけようと思います。

 あたしはまめな方じゃないから、一週間に一度くらいになっちゃうかもしれないけど、続けられるだけ続けていこうと思います。

 このまえ記事にされちゃってから、取材の申し込みがどっと増えました。そういうのはマーガレットさんが頑張って断ってくれてるんだけど、あたしにもデュエルの最中に個人的なことを訊いてくる人がいて、ちょっとまいってます。あ、でも失礼なひとばっかりじゃなくて、親身になってくれる人もいます。あたしより歳下の女の子もいて、マーガレットさんには内緒で、その子とだけはメールを交換する約束をしました。

 あたしはデュエルのことだけ考えていたいのに、さいきん、そうでないことに巻き込まれることが増えている気がします。不安もありますけど、今はとにかく、五週間後のロンドン大会に招待してもらえるよう、全力でがんばります》

   ***

【件名:RE:ヴェロニカへ】

 アリサへ

 メールのおへんじくれてありがとう。
 エリザじゃなくて、アリサだったんですね。まちがえてごめんなさい。
 あたしはまだまだデエリストとしてはぜんぜんへただけど、アリサのいったとおり、たくさんデエルしようとおもいます。
 そしたらいつか、アリサみたいになれるかな?

 ヴェロニカ

   ***

「な、なあ、あんた、ひょっとしてエリザ・ジョウじゃないのか? 某国の改造実験を受けて、透視ができるようになったっていう」
「人違いじゃないですか? あたしはエリザなんて名前じゃありませんが」
「いいや、あんたはエリザだ。うっひゃあ、すげえなあ、これがその眼か。なああんた、かたっぽくれないか。お礼ならたんまりするからよ」
「嫌です」
「……ちっ、化け物のくせに、人様の役に立つのは嫌なのかよ」

   ***

『俺のターン! ドロー! スタンバイ』
『スタンバイフェイズで『徴兵令』を発動します。デッキの一番上の『冥王竜ヴァンダルギオン』を渡してください』
『くそっ、もういい! サレンダーだサレンダー!』
『――はい、いまご覧いただいたのが、さいきんデュエル界を騒がせている、“予言のエリザ”です。ペガサス、五代目決闘王に続く三人目の超能力デュエリストと話題になっていますが、奇術師のパン・ドーラーさん、どう思われますか』
『わたくしの見る限りでは、二つのトリックを使われている可能性がありますね……。まず手札の透視ですが、これは実に古典的な方法で可能です。ギャラリーに仲間を紛れ込ませ、手札を盗み見させて、通信機で教えてもらうんですよ』
『しかし、通信機を持っているようには見えませんが』
『そんなもの、身体に埋め込んでしまえばいい。さいきんは奥歯に偽装するタイプとかいろいろありますからね……。それとデッキの操作ですが……これは少々テクニックが必要です。まず相手のデッキを調べておき、何枚か同じカードを用意します。さらに……』
『なるほど。ここで、トリックが実現可能かどうか、実際に検証してみたいと思います』

   ***

【件名:うそつき】

 アリサへ

 わたしはアリサをほんもののちょうのうりよくしゃだとおもってました。
 でもきょうネットのテレビで、あなたがわるいなかまをつかっててふだをのぞいているのをしりました。
 はずかしくないんですか。
 わたしはもうあなたがきらいになりました。はやくデエルをやめてください。

 ヴェロニカ

   ***

《亜理紗です。二回目の日記なのに、暗い話でごめんなさい。
 あたしはこれから、機械になろうと思います。
 デュエルマシーンのように、何も考えず、ただデュエルするだけの機械に。
 ……ロンドン大会まであと一ヶ月です。はやく、プロになりたい》

 
   *** 

「エリザさんですね、遺伝子異常のせいで未来が見えるとか」
「あたしはエリザじゃありません」
「ご謙遜を。どうでしょう。その力は世界平和の為に役立てるべきだとはおもいませんか? どうか、その力で私たちを導いてください。あなたのもとに集まれば、人類はひとつになれます。人を集める作業は私たちがします。あなたはただ、ときどき私たちに未来を教えてくださればいい。そうすればみんなが幸せになれるんです」
「そういうのは、幸せになりたい人たちだけでやってください」

   ***

 ――もしもし、亜理紗? 元気でやってる? 危険なことはない?
 ――うん、あたしはぜんぜん大丈夫。ごめん、これからすぐ出ないといけないの。また夜に電話するから。
 ――そう……がんばってね。世間がなんと言おうと、わたしたちはあなたの味方だから。
 ――うん、ありがとう。

   ***

【件名:こんてすとにでて】

 アリサへ

 これがさいごのチャンスです。
 もしあなたがほんものなら、それをしょうめいしてください。

 ヴェロニカ

   ***

<盲目のエスパー少女vs凄腕デバンカーズ! 超能力をめぐって決闘!!>

ス・エックスと名乗り、M&Wで異例の連勝記録を作り続けるエスパー少女に対し、とうとうデバンカー(懐疑主義者)が重い腰を上げた。挑戦状を叩きつけたのは、カナダ出身のセミ&ジャーのふたり。このコンビは、これまでに三百人を超える偽超能力者の正体を暴いてきたという強者だ。ふたりは2週間後、自分たちが主催する「超能力者コンテスト」にエリザを招待しており、そこで真偽を見極める予定。取材に対し、セミは「もし彼女の超能力が本物なら、それを証明することに何の躊躇もないはずだ」とコメントしている。(文責:記者)

「ほんっとうに断っていいのね? このコンテスト、超能力を証明できたら百万ドルくれるって公言してるのよ? あんた、どれくらいのチャンスを逃そうとしてるか分かってる?」
「だって、その日はモントリオールで大会がある日じゃないですか」

   ***

《亜理紗です。機械になるのは止めにしました。
 辛いことから逃げてるだけじゃ、何も変わらないって気付いたんです。
 代わりに、強くなろうと思います。
 あたしは五代目の役目を継ぎます。だから、もっと強くあらねばなりません。
 デュエルも、心も、いまよりもっと。
 今日、イングランド決闘協会から招待状が届きました。あ、エリーにも届いてました。
 2週間後、あたしたちはロンドンへ行きます》

   ***

「あんた、エリザでしょ。五代目決闘王から未来を観る力を貰ったって本当なのかしら?」
「エリザじゃありません」
「とぼけんじゃないよ。ふふん、こんな小さなナリで、どうやって取り入ったのよ? 五代目ってロリコン――」
「それ以上言ったら、あなたがいつ、どこで、どうやって死ぬのか予言します」
「……な、なによ。ちょっとふざけただけじゃない。わ、悪かったわよ。もう言わないわ」

   ***

<イカサマ確定!? 決闘者エリザ、決闘をすっぽかす!>

「マーガレットさん、どうせ内容はわかってますから、わざわざ読み上げてもらわなくて結構です」
「あらそう? ああ、既に『予言』で観てたのね?」
「……あたしはカード以外のことは『予言』できません。ご存知でしょう?」
「知ってるわよ。でなかったらとっくに締め上げて、宝くじの当たり番号を吐かせてるわ」

   ***

【件名:なし】

 しね

   ***

 ――そろそろ一度帰って来れない? お父さんも本当は心配してるのよ。
 ――ごめん、今週は大会が二つもあって忙しいの。再来週なら帰れると思うから。
 ――亜理紗……この道を選んだこと、後悔してない?
 ――……してないわ。
 ――なら、いいんだけど。身体にだけは気をつけてね。

   ***

「サレンダーします。……たしかにイカサマではなさそうだ。あなた、エックスですね」
「I2社の方ですか。勧誘のお話ならKCを通してください」
「いえ、今日は確認だけのつもりでしたから。しかし今後の為にひとつお聞かせください。なぜKCを選ばれたのですか?」
「家から近かったからです。もしラスベガスに住んでたら、I2社のドアを叩いてました」
「これは手厳しい。しかしそれだけの理由なら、まだ私どもにもチャンスはあるようだ。あなたがこちら側に来てくれれば、我々にはKCの提示する金額に倍する報酬を払う用意があります」
「お金の為にデュエルしているわけじゃありませんから」
「あなたはそうかもしれませんが、ご両親はどう思いますかね?」
「両親がお金のことを気にしたことはありません」
「表面上はね。でも心の底ではあなたに稼げるだけ稼いで欲しいと思っているかもしれませんよ? 失礼ですが、あなたは普通の子よりちょとだけ手間のかかる子であることは、自覚していらっしゃるでしょう?」
「………」
「お金が全てを解決するわけではありません。しかし、もしあなたが――」
「ちょっと、なにやってるんですか!」
「これはこれは、あなたがマーガレットさんですか? いいお話があるんですがね」
「申し訳ありませんが、わたしは自分の信念にもとるような仕事をお受けするつもりはございません。お引取りを」

   ***

《亜理紗です。あたしは……卑怯者です。
 昨日、初めてデュエルをサボりました。飛行機代も参加費もホテル代も、あたしをここまで来させてくれた人たちの苦労も心遣いも、ぜんぶ無駄にしました。
 一昨日メールをチェックしてたとき、思ったんです。エリザ・ジョウは、ネットでどう思われてるんだろう、って。これを調べるのは、本当はマーガレットさんに禁止されてました。でもあたしは好奇心を抑え切れなくて……検索してしまいました。

 あたしは、ここまで憎まれるほどのことしたんでしょうか。

 本当にごめんなさい。2回くらい、死ぬことを考えてしまいました。
 あなたたちにもらった命なのに、身勝手にもほどがありますよね。
 あたしはもっともっと、強くなります。
 ロンドンまで、あと一週間です》

   ***

「もしかして、エリザ・ジョウとかいう超能力デュエリストさんでは?」
「……エリザではありません」
「おっと、それは失礼。アジア人ってのはみんな同じ顔に見えてしまうんで。それで、何をお探しですか?」
「デュエルディスクを探してます。カード朗読ソフトがインストールできるタイプの」
「はいはい。ちょっと待っててくださいね。えーっと、いつもはここにしまってあるんですけどね。知っての通り、来週からロンドントーナメントが開催されますから、関連グッズを大量に並べてたら店の中がごちゃごちゃしちゃって……ああ、ありました。右利き用のSサイズでよろしいですか?」
「はい。あ、それともうひとつ、予約したいものがあるんですけど――」

   ***

『――みなさん誤解されてますけど、超能力はけっして人知を超えた力ではないんですよ。脳の可能性のひとつなんです。絵を描く才能や、ホームランを打つ才能、おいしい料理を作る才能があるように、なにもない場所から情報を取り出す才能もあるんです。占星術師も、手相見も、ダウザーも、みな同じ才能を持っています。プロのダウザーの的中率を知っていれば、エリザの札当てなんて驚くに値しません。もちろん、彼女が本物なのかどうかは検証してみる必要がありますが。私の勘では、才能はあると思います――』
「超能力研究家だって。うさんくさいけど、これで世間の風向きも変わってくるんじゃない?」
「……そうですね」
「『なんであたしのこと放っておいてくれないの』って顔に書いてあるわよ。追っかけまわされるのが嫌だったら、プロなんか目指さなきゃよかったのに」
「そんなこと思ってません。あたしはプロになって、いまよりもっとたくさんのマスコミに追いかけられるんですから」
「……ガキ」

   ***

「あっ! いま、裏口から出てきました! エリザさん、セミ&ジャーに対して何か一言!」
「イカサマ疑惑についてひとこと!」
「臨死体験で超能力に目覚めたって本当ですか?」
「あなたの真似をしてイカサマをする子供がいるそうですが、どう責任を取るつもりですか?」
「どこの病院に入院されていましたか?」
「盲目になった経緯について詳しく」
「本当は見えてるって噂があるけど」
「超能力で宝くじを当てたことは?」
「イカサマについてどう考えますか?」
「超能力は止めて公平なゲームをしろという意見がありますが」
「写真撮るからこっち向いて」
「五代目決闘王との関係は?」
「そこの女、おい邪魔だ!」
「インタビューを拒否し続けている理由を聞かせてください」
「いつごろプロデビューするつもり?」
「とっとと答えろよ! マスコミ敵に回してプロになれると思うな!」

   ***

<自称エスパー少女にペテン師疑惑!! 明らかになった驚愕の“過去”!!>

え、確かに彼女です」と重い口を開いたのは、ニューヨーク州ブルックリン区に住む決闘者のブラパンさん(仮名)。「アンティルールを提案してきたのは彼女のほうです。そのときは納得してカードを渡しました。しかし、いま考えてみると、あれはイカサマデュエルだったかもしれません」ブラパンさんはアンティによって貴重なレアカード(5ドル相当)を失った。
 自称エスパー少女が数ヶ月前まで出没していたデュエルスペースでは、このような話は決して珍しくない。取材の結果、少なくとも100人以上の人間が彼女とデュエルを行い、一人の例外もなく負けてカードを失っていたことが判明した。なかにはブラパンさんのケースのように、明らかにイカサマと思われるデュエルもあったようだ。なおニューヨーク州では法律でアンティデュエルを禁止している。司法の裁きが詐欺師の仮面を剥ぐ日も、そう遠くなさそうだ。(文責:記者)

「つまり、この記事の内容は本当なのね?」
「……はい、ごめんなさい。マーガレットさん」
「わかった。あなたはもう家に帰りなさい」
「そんな……」
「勘違いしない。あと一回でも問題を起こしたら、なんと言おうとデビューは諦めるしかないわ。たとえそれがどんなに些細なことで、あなたに非がなくてもね。わかったらロンドン大会まで家でおとなしくしてなさい。いい? 絶対に騒ぎを起こすんじゃないわよ」

   ***

《亜理紗です。いま、あたしたち一家はホテルで暮らしています。
 ハーフピース通りにはもう帰れません。
 あたしが帰った日の翌朝、郵便ポストに、使用済みの薬莢が3つ、入っていたそうです。
 ……なんでこんなことになったのかな。

 (ノック音)

「亜理紗、入るわよ」
「はい」

 (ドアの開く音)

「結果を知らせておこうと思って。弁護士さんの話だと、未成年でもあるし、被害届けも出てないから、今回は厳重注意以上の処分はないそうよ」
「……ごめんなさい」
「亜理紗、あのときのわたしたちは、みんな無理してた。あなたがそれで幸せならと思って、半ば放置していたことは認めるわ。でも……でも……」
「……お母さん?」
「こんなことをしてたなんて……あなたは……あなたは本当に、わたしたちの亜理紗なの……?

 (10分ほど無音)

 ……ぜったいプロになってやる》

   †

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