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第七話 7


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 テニスコートほどの面積が、四本の紫色の柱によって切り取られていた。準決勝の舞台である。
 それぞれの柱には、ソリッドビジョンシステムの見張りを任された学生らしき面々が控えていた。トーテム・ポールの装飾をそぎ落としたような奇怪な柱はもれなく子供たちの注目を集めてしまうようで、幼い好奇心の鬼が目を輝かせて近づいてくるたび、学生たちは缶一本ぶんの炭酸を無理やり飲み込んだような渋面で追い返していた。彼らの気持ちはわかる。KCの尖端技術の全てが詰まったあの柱は、珍妙な外見に似合わず一本で航空機と同じ値段がつく。扱いも慎重になろう。
 通常、大会で使用される立体画像はデュエルディスクから投影される人形サイズのそれなのだが、KCの主催する大会だと、「本物の」ソリッドビジョンシステムを貸し出すことがある。開発局のサーバから直接ダウンロードされる立体映像はデュエルディスクのそれより遥かにリアルで、なにより巨大だ。人型モンスターならほぼ人と同じ大きさに、巨大モンスターだと五メートルをゆうに越えることもある。圧倒的な存在感は一度目にしたら忘れられず、それがきっかけでM&Wを始めたという人も多い。何を隠そう私もその一人で、元々は看護学校に通いながら油絵を描いていたのだが、個展会場と間違えて入った場所がたまたまデュエル会場だった。そこで噂には聞いていたものの初めて見たソリッドビジョンに魅せられたというわけだ。どうやら私には隠れた才能があったらしく、いまではTAD試験官にまでなってしまい、“ハーピィのナナ”とあだ名までつけられている。しかしこれから準決勝の舞台に上がるのは、残念ながら私ではない。
 急ごしらえのデュエルグラウンドに、美作ミドリがおもむろに足を踏み入れると、観客の話し声が小さくなった。無遠慮な視線にさらされているせいか、歩き方がぎこちない。視線はうつろで、頬が紅潮している。告白を控えた中学生のようだ。先週闘ったときは、高校生にしてはずいぶん大人びていると思ったものだが、こうしてみるとまだまだ子供だった。
 デュエルフィールドに居る人数は七人。四隅のソリッドビジョンシステムに一人ずつ、中央に審判、そして美作ミドリと“人形遣いのローズ”だ。ローズの本名を私は知っていたが、その名で呼んだことはなかった。私のもっとも苦手なタイプの人間だった。仕事でなければ関わることはなかっただろう。体は少年のまま歳を取ってしまったような男で、剥いたゆで卵のようなつるりとした顔には中年臭さがほとんどない。薄くなりつつある茶髪に目をつぶれば遠目には若者と区別がつかないほどだ。初対面では好意を持った。彼が艶やかな裏声で私に挨拶するまでの、ほんの短い好意だった。
 はじめ、私は彼がゲイだから苦手なのだと思った。そう思い込もうとした。しかし、彼があからさまに女性を「演じて」いる時、私はそれほど彼に嫌悪感を抱かなかった。滑稽なドラァグ・クイーンには好意すら感じた。私が彼に殺意と呼べるほどの敵愾心を抱くのは、たとえば昼休みのたわいのない雑談の後、そろそろ仕事に戻るかと立ち上がったときの何気ない仕草に女を見つけたときだ。陰鬱な感情の名を思い当たるのに、長い時間はかからなかった。嫉妬。
 かつて私は、「女の子なんだから」と言われるたび、シナプスが焼き切れるような違和感を感じていた。男の子と同様に扱われたくて、いつも男の子のような服装をし、粗暴な言動を選んだ。鏡の向こうにいる理想の少年に恋をしていた。「ナナは美人なんだから、もっとお洒落すれば良いのに」という言葉は、あの頃の私にとっては誉め言葉だった。
 高校を卒業する頃になって、ふいに醒めた。反抗期の終わりは唐突であっけなく、打ち切られたファンタジーアニメのようだった。私がそれまで憧れてきたものが、名前を言うのも恥ずかしい、ありふれた稚拙なものだと気づいた。現実の鏡の向こうには、18にもなろうというのに世間知らずで愛想のない女がいた。校則の戒めを解かれた同級生たちが次々と羽化していくのを見て、何かから逃げるように看護学校に入った。女としての自分など要求されないだろうと考えての判断だった。その考えはある意味では正しく、ある意味では間違ってもいたが、だからといってどうなるものではなかった。私は未だ男と女の交差点で停滞している。
 デュエルグラウンドの中央では、二人がデッキを交換してシャッフルしていた。身長はローズの方がやや低い。今日の彼はハイヒールを穿いていなかった。すっぴんに柄の悪い既製シャツ、膝の抜けてぼろぼろになったジーンズを穿き、まるで男のような恰好をしている。いつも大事そうに持っているアンティーク人形は見当たらない。休日のいつものいでたちだ。
「早く始まんねえかなあ、早く、早く」
 車椅子の上で美作アキラが呟く。興奮は振動になって手元に伝わってきた。こちらが話しかけても返事すらしない患者よりは元気があっていいと思うが、また怪我されては私の責任になってしまう。「あんまり揺らさないでね」と注意してデュエルグラウンドに目を戻すと、壇上の二人は既に距離を取り、一触即発の空気をかもし出している。
 ――一触即発?
 つと頭の中に浮かんだ四字熟語に、私はサーカスティックな感慨を覚えた。このデュエルの結末は、あのジュリアが関わった時から、すでに決まっているというのに。
 美作ミドリにかける慰めの言葉を頭の中に用意しながら、私は誰にも悟られないように溜息をついた。

   777

 目と鼻の先で起こっているのにタネがまったくわからない。左手に乗せたデッキに右手で軽く触れるたび、雪が融けるようにデッキの厚みが減っていった。腕の内側に隠していないことは一目瞭然で、袖の中に隠そうにも彼が着ているのは半袖シャツだ。最後に残った一枚のカードを手で挟むように言われそうすると、むずがゆい感触と共に掌の中でカードが膨らんだ。手をどけるとデッキが鎮座している。これで終わりらしくローズが観客席に向かって頭を垂れると、同時に拍手が巻き起こった。
「……すげえ」
 思わず声が漏れた。ローズの手品に対して、ではなかった。見破れなかった負け惜しみではないが、もっと凄い手品ならテレビでいくらでもやっている。驚かされたのはローズのお辞儀だった。自然な動きでありながら、腰の角度から指先の曲がり具合まで、それは完璧な角度を保っている。自分が他人にどう見えているのか、明確なイメージがないとこうしたお辞儀は出来ない。計算されつくした芸術だった。背筋が震えた。
「……綺麗なお辞儀ですね」
 ため息混じりにそう言うと、ローズは困ったように笑った。
「そう? 昔ダンサーをやってたときの名残かしらネ」
「ひょっとして有名だったんですか?」
「有名かどうかともかく、有望ではあったわネ。あとちょっとでローザンヌに行けるくらいだったんだから」
「ローザンヌ?」音感からジャンヌ・ダルクを連想したが、たしかスイスの都市だったはずだ。深夜の旅行番組では学芸の都と紹介されていた気がする。
「ローザンヌ国際バレエコンクール。M&Wで言うと、ニューヨーク国際デュエルトーナメントみたいなものかしら」
 耳を疑った。アマチュアの中から優秀な人材を選出するための大会で、プロになるための登竜門としては世界最大規模である。カード・プロフェッサーになる方法はいくつかあるが、この大会ほどレベルが高く、かつ華々しいものは他に存在しない。たとえ賞をもらえなくても、出場するだけでじゅうぶんキャリアになる。それと同じということは、
「めちゃくちゃ凄いじゃないですか。なんで手品師なんかに」
 言ってからしまったと思った。さいきんのオレは失言が多すぎる。ローズは亡くした恋人を悼むような顔になって、
「あがり症にもいろいろあってネ、アタシの場合、注目が集まると、自分の実力を省みずに派手なことをやらかしてしまうタイプなのヨ。それが原因で膝を故障しちゃって……、もう踊れないって言われたわ。でも舞台に立ったときの快感が忘れられなくて、それでマジシャンになったのヨ」
「あの……すみませんでした。変なこと言って」
 謝ると、ローズはにんまり笑った。
「あら、カワイイ。でも、これは罠かも知れないわヨ? ミドリンを同情させて、闘争心を剥ぎ取ろうっていう」
 申し訳ない気持ちがふっとんだ。大人って汚い。いやそれよりも、「ミドリンって誰ですか」
「んもう。わかってるく・せ・に」
 スタッカート混じりの語尾に付き合う気にはなれず、オレは無言でデッキを渡した。互いのデッキをカットアンドシャッフル。受けとったデッキを決闘盤にセットし、目線で問いかける。ローズは頷いた。審判が右手を上げ、大音声で開始を宣言する。

 ――デュエル!

「アタシのターン! ドロー。スタンバイ。モンスターを守備表示でセットし、ターン終了ヨ」
「オレのターン! ドロー! カードを二枚伏せ、ターンエンド!」
 それまで騒然としていた観客席が、たった二ターンの間に静まりかえった。オレとローズの初手が定石から大きく外れているため、黙考を誘ったのだろう。
 M&Wの初手における定石とは、モンスターと伏せカードを一枚ずつ出すことだ。モンスターを一枚出しておけば攻撃にも守備にも、次のターンでの生け贄にも応用が利く。伏せカードを一枚出すことは相手の警戒心をくすぐり、大胆な行動に歯止めをかける。二枚出せば「確実に罠がある」と相手を萎縮させてしまうが、一枚なら「ただの牽制かもしれない」と魔法・罠を破壊するカードも使いづらい。その思い込みを利用して罠を仕掛けるのも、M&Wの醍醐味なのだが。
 ローズの仕掛けた心理的罠は、あえて伏せカードを出さないことで攻撃を誘う、というものだ。墓地へ行くことで効果を発揮するモンスターかもしれないし、表になったとき効果を発揮するモンスターかもしれない。逆にオレが攻撃しないと踏んで、一ターン費やさないと効果を発揮できないモンスターを伏せたとも考えられる。リスクも大きい戦術だが、成功すれば以降の心理戦で優位に立つことができる。
 だがオレの取った戦術は、目には目を。罠には罠を。オレはわざと「確実に罠がある」と相手に教える戦略を取ることで、心理的葛藤をそのまま相手に跳ね返したのだ。これも「もしも相手に魔法・罠を破壊する手段があったら」と考えると実行に躊躇う戦略だが、賭けでもあった。
「あらン。ミドリン、フィールドががら空きヨ? モンスターないの?」
 馬鹿にしているようでいて、そのじつ油断の無い底冷えした眼でオレの目元を注視している。手札事故なのか、それとも罠なのか。
「さあな。攻撃してみればわかるぜ」
 手札を見ずにローズに向かって笑い返す――そう簡単には乗ってやらない。
「あら、ナマイキになっちゃって……ドロー。スタンバイ。伏せたモンスターを反転召喚するわ」
 現れたモンスターは、通常のデュエルディスクが作り出す人形サイズのそれではなかった。四隅に設置されたソリッドビジョンシステムが無ければ、オレは誰かが実際に紫布を被り、大鎌を持って立っていると思っただろう。繁華街なんかで眼にする、ノイズ混じりの3D広告などとは格が違う。紫衣からはみ出た手は老人のもののように黄土色に筋張り、圧倒的な存在感を見せ付ける。決闘盤の映し出すソリッドビジョンが人形サイズに制限されているのも当たり前だ。こんな技術を個人が所有したら、どんな悪用をされるか想像もつかない。
「バトルフェイズ――に入る前に、500ライフ払って『押収』を発動。もちろん効果は知ってるわよネ?」
「――ああ」
 『押収』。相手の手札から一枚選んで捨てられる強力な魔法である。オレは手札を裏返した。
「――『異次元の女戦士』に『氷帝メビウス』『大嵐』そして『聖なるバリア−ミラーフォース』か……どれも捨て難い……じゃなくて、捨てたくなるカードネ」
 逡巡の末、ローズが指したのは『ミラーフォース』だった。
「この手札でこの布陣。アタシがモンスターを召喚するのを待って、『奈落の落とし穴』でカウンター、ってワケじゃない。ってことは――」ローズはオレの伏せカードに流し目を送り、「――そういう作戦か。一枚伏せて、ターン終了ヨ」
 伏せたのは罠カード。攻撃に反応するトラップだろう。わざわざステータスの低い『死霊』を攻撃表示にしたことが、それを物語っている。
 ――せっかくの攻撃のチャンスを見逃した……。急いで責める必要がないってことか、あるいは誘っているのか。
 ローズが伏せたカードは今引いたカードではない。はじめから手札にあった。最初のターンに伏せることも出来たはずだ。ということは、最初のターンでは攻撃を誘う状況を作り出す必要があった――?
「オレのターン! ドロー!」
 引いたカードを見て、オレは心の中で快哉を叫んだ。このカードなら、間違いなくローズの目論見を崩すことができる。
「『魔導戦士ブレイカー』を召喚! 特殊能力を発動!」
 赤銅色の鎧戦士が現れ、片手剣を逆手に構える。ブレイカーは己の攻撃力を300ポイント下げることで、相手の魔法・罠を一枚破壊できるのだ。
「そうはいかないわ! 『死のデッキ破壊ウィルス』発動ッ!」
 ――畜生、そういうことか!
 『死霊』を攻撃表示にしながら攻撃しなかったのは、プレイングミスではなかった。伏せカードは攻撃阻止系だと思わせ、罠破壊を無駄撃ちさせるためだったのだ。
 ――最初のターンで伏せカードを出さなかったのも、『死霊』の『壁』としての側面を強調することで、『死のデッキ破壊ウィルス』の媒体にすることを読まれにくくするためか……。
 罠カード『死のデッキ破壊ウィルス』。その反則的な強さから一時期回収騒ぎのあった、普通では手に入らない超レアカード。攻撃力1000以下の闇属性モンスターを媒介とし、相手の場に悪性のウィルスを撒き散らす。ウィルスは場と手札の攻撃力1500以上のモンスターを全て抹殺し、その後三ターンの間、ドローカードにも感染し続ける。
 死霊は音のない爆発を起こして四散した。散り散りになった紫布が地面に触れる前に、コールタールの霧のようなものが漂い始める。突如、魔導戦士が剣を取り落とした。顔がどす黒く変色している。そのまま前のめりに崩れ落ち、二度と動かなくなった。
 オレは再び手札を裏返した。
「モンスターは全て攻撃力1500以上ネ。『氷帝メビウス』と『異次元の女戦士』を捨ててもらうわヨ」
「……どこでそんな激レアカードを手に入れたんだよ? やっぱり、あのジュリアとかいう――」
「それはナイショ。『オカマは秘密を着飾って美しくなる』、って言うデショ?」
 残されたのは、二枚の伏せカードと手札が一枚。これがオレの命綱だ。
 最後の手札『大嵐』を握り締め、オレはターン終了を宣言した。

「アタシのターン。ドロー! スタンバイ」
 ローズは片頬を歪めて笑った。「ごめんネ? アタシの勝ちヨ。手札より魔法カード『デビルズ・サンクチュアリ』を発動。メタルデビルトークンを一体場に出すわ」
 ――オレの場にモンスターがいないのに、壁を呼び出すわけがない……ってことは!
「メタルデビルトークンを生け贄に、『氷帝メビウス』を召喚!」
 白甲冑の重戦士がフィールドに躍り出る。予想に反してそれほど長身ではない。オレと同じか、少し高いくらいだろう。メビウスは感情を押し潰した仮面でオレのフィールドを睥睨し、天を仰いだ。と、彼の周囲が白い霧に覆われる。仮面戦士が咆哮すると、白い霧が一気に凝縮し、いくつもの氷の槍となった。切っ先はオレの足元――二枚の伏せカードを捉えている。
「メビウスの追加効果ヨ。リバースカードを二枚とも破壊するわ。チェック・メイト」
「そいつを待ってたぜ! カウンター罠発動、『天罰』!」
 ローズの目の色が変わった。「攻撃阻止系トラップじゃ――ない!?」
「あんたが使ったのと同じ作戦さ。伏せカードは攻撃阻止系と思わせて、『氷帝メビウス』を無駄打ちさせるためのな」
「馬鹿な……アタシがこのターン、『氷帝メビウス』を引くことを知っていたとでもいうの!?」
「まさか」肩をすくめてローズから目をそらした。「デッキにメビウスがあるだろうとは思っていたが、手札にくるかどうかまでわかるわけないだろ。ギャンブルだよ。メビウスを引けば勝ち。『大嵐』なんかを引いたらオレの負け。あと、捨て身で攻撃されてても負けだったな。運が良かった」
「そんなのって……そんなの、ありえない。ギャンブルにすらなってない! 可能性が低すぎる。そんな、奇跡みたいな確率に、デュエルの趨勢を託すなんて……」
「勝算が皆無ってわけじゃなかったさ。場に2枚の伏せカードがあれば、たいていのデュエリストは『メビウス』を使おうとするんじゃないか? それでも危険な賭けに変わりはなかったが……、運が良かったんだな」
「運って……」ローズは眉根を寄せた。「先週闘ったときは、こんな乱暴なデュエルをする子じゃなかったのに――」
「変わったのさ。オレはもう、敗北なんて恐れない」
 どうせこの大会が終わったら、M&Wとは――。と心の中で付け足す。瞼の裏に亜理紗の顔が浮かんできて、オレは幻像から目を逸らした。
「手札を一枚捨てて、『天罰』発動!」
 天罰――数あるカウンター罠カードの中でも、モンスターの効果を無効に出来る稀少なカードである。コストの手札一枚を鑑みても、じゅうぶん魅力的な威力だ。
「これで『氷帝メビウス』の特殊能力は無効。メビウスは天罰を食らって破壊される!」
 天空より雷が落ちる。仮面戦士は文字通り木っ端微塵になった。
「いやん。ミドリンのいけずぅっ!」
 玩具を買ってもらえない子供のように足踏みしながら、明らかに観客に聞こえただろう大声でローズはわめいた。ギャラリーから驚きと失笑の声が漏れる。オレのほうが赤面してしまった。
「もうちょっと声のトーン落としたほうがいいんじゃないですか? せっかく今日は普通の恰好してるのに」
 穴の空いたジーンズによれよれのシャツというのが彼の恰好だった。彼なりのファッション、ではないだろう。
「あら、アタシはオカマであることを隠そうなんて思ったことなんてないわ。あと、この恰好は普段着ヨ。アタシ、女装趣味はないもの」
「じゃあ、TAD試験のときは、なんで……?」
「んー。詳しくは秘密なんだけど、TAD試験官は、受験者を冷静でいられないように努力しなくちゃならない、っていう決まりがあるの。それで女装してたってワケ。元々興味がないわけじゃなかったし、ジュリアちゃんのカモフラージュにもなるから。あれはあれで愉しいのヨ」
 ふと、百目鬼のことを思いだした。中学の――何年生のときだったか。それまでは典型的な優等生だった彼が、夏休みを境に突然ブラック・マジシャンのコスチュームを着てくるようになった。人は見かけによらない。本当に。
「ミドリンも興味があるならやってみる? スカート貸してあげようか?」
「遠慮しときます」
 互いの場にモンスターはない。ローズは一枚伏せてターンを終了した。
「罠カード……。牽制のつもりか」
「さあネ。攻撃してみればわかるわヨ。もっとも、次のターンで攻撃力1500未満のモンスターが引けたらの話だけど」
 ――どういうつもりなんだ、ジュリアは……?
 ここまで追い詰められるとは思わなかった。いや正しくは、ローズがここまで真面目にデュエルしてくるとは思わなかった。
 通常、シードは実力者が一回戦で他と当たらないようにするため設けられる。だから、なんの実績もないオレがシードに選ばれたと聞いたときからキナ臭いものは感じていた。予感通り、二回戦は不戦勝、三回戦の相手にもあっさり勝てた。そして準決勝のローズ。出来レースだ。勝敗は見えている、そう思っていた。
 だがこの状況はどうだ。オレには手札もモンスターもなく、伏せカードが一枚だけ。ローズには二枚の手札と一枚の伏せカード。探偵のいない推理小説並みに絶望的だ。
「……いったい、オレとエックスを闘わせたいのか、闘わせたくないのか、どっちなんですか」
「さあネ。アタシはミドリンと本気で闘えって言われたからそうしてるだけ。言っとくけど、アタシはジュリアの目的までは知らないし、訊いても無駄ヨ。今は人形を持ってないから、ジュリアとは話せないわ」
 オレは瞠目した。
「じゃあ、ずっと独りで勝ち上がってきたんですか? 本当に?」
「そんなに驚かないでヨ。まあ、正確には独りとは言いかねるわネ。このデッキを造ったのはジュリアだし、アタシはジュリアの説明どおりにデッキを動かしただけだもの」
 ローズの話に不審なところは見つからない。あえて挙げるなら、いくらジュリアの協力があったとはいえ初心者のローズが準決勝まで勝ち残ったことがそうだが、オレのBブロックがそうであったようにローズのCブロックにも細工があったと考えれば納得がいく。
「……オレのターン。ドロー!」引いたカードは『ゴブリン突撃部隊』。攻撃力が2300もあるため、ウィルスに感染してしまう。「こいつを墓地に捨てて、ターンエンド」同時にデッキ破壊ウィルスが消滅した。

 オレに残されたのはたった一枚の魔法カード。ローズの手札は次のターンで三枚に増える。
「アタシのターン。ドロー。スタンバイ」ドローカードを見たローズは、まあまあネ、という顔をした。
「『キラー・トマト』を出すわ。ダイレクトアタックヨ」
 邪悪な笑みを浮かべたトマトがオレの決闘盤に噛み付いた。人の頭とちょうど同じサイズなので、まるで真っ赤な生首に噛まれたような気味悪さが残る。
 オレのLPは残り2600。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド。さあ、次のターンでモンスターを引かないと、まずいんじゃない?」
「そんときゃあんたが代わりにエックスを倒してくれよ。オレのターン! ドロー!」
 ――よし!
「『墓守の偵察者』だ。攻撃力は1200だから、ウィルスには感染しない。守備表示で出して、ターン終了!」 
「守備力は2000だったわネ……ドロー。スタンバイ」
 そう言ったきり、ローズは考え込んでしまった。公式ルールではドローしてから5分間の思考時間が与えられる。
 ――状況を整理しておくか。
 現時点でオレの手札は0、ローズは1。オレの場には、魔法カードが一枚と『墓守の偵察者』。ローズの場には罠カードが一枚と、正体の判らない伏せカードが一枚、それと『キラー・トマト』がそれぞれ存在している。
 ローズがこれまで使った『押収』『魂を削る死霊』『死のデッキ破壊ウィルス』『キラー・トマト』から連想される戦略は一つ、『トマトハンデス』。『キラー・トマト』の特殊能力で『魂を削る死霊』や『首領・ザルーグ』などのハンデス――手札破壊(ハンド・ディストラクション)――能力を持ったモンスターを呼び出し、徹底的に相手の手札を破壊する戦術である。その試みは成功し、オレに手札はない。
「……『キラー・トマト』を守備表示に。さらにモンスターを一体守備表示で出して、ターンエンド」
 思考時間が終わる頃になってようやく、ローズはそう言った。
「オレのターンだ」
 ドローカードを見る。今度はオレが考え込む番だった。このカードなら逆転できるかもしれない、だが――
 目を細めてローズの最後の手札を注視する。
 ――もし、オレの予想が正しければ、あのカードは……。
「オレはカードを一枚伏せ、ターンエンド!」
「アタシのターン。ドロー。スタンバイ。……あら」
 ローズはオレを見て、満面の笑みを浮かべた。
「……なんだよ」
「やっぱりこのデュエル、アタシの勝ちヨ。守備モンスターを反転召喚」
 表になったカードは、『闇の仮面』。墓地から罠カードを一枚手札に戻すカードである。
「手札に戻すのはもちろん『死のデッキ破壊ウィルス』。さらに1000ライフ払って伏せカードオープン。『トゥーン・ワールド』!」
 ローズの頭上、手を伸ばせば届きそうな場所に、一冊の本が現れた。緑色の装丁に、騎士とドラゴンが対峙する場面が描かれている。
 ――なるほど。
 ハンデスの弱点は、モンスターの平均攻撃力が低いことである。スーパーエキスパートルールではモンスターを破壊する魔法は禁止されているため、壁モンスターを取り除くのに一苦労も二苦労もしなくてはならない。そこで壁モンスターの天敵であるトゥーンモンスターを加えることで、その弱点を補ったのだ。
「さらに手札より『トゥーンのもくじ』を発動。デッキより『トゥーン』と名がつくカードを一枚手札に加えるわっ。『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』!」
 ローズの声に反応して、デュエルディスクがカードを選出する。
「まだまだ行くわヨ! 『キラー・トマト』を生け贄に、『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』を召喚!」
 頭上の本が開くのと、赤い生首が爆発するのは同時だった。爆発跡に膝を抱えた天音がいた――いや別人だ。恰好は同じだが、顔が幼すぎる。桃ならぬトマトから生まれた少女はあたりをきょろきょろ見回した後、ぴょんと飛び上がるようにして立ち上がった。
「……ちっこい」
 オレが見たままの感想を述べると、立体映像は頬をぷうっと膨らませ、抗議のこもった上目づかいでオレを睨んだ。なんだか幼稚園児に睨まれているようで罪悪感がある。服装はブラックマジシャンガールと同じ、ブルーの布地にピンクの縁取りを加えた、製作者のセンスを疑いたくなるような代物だ。レオタードの胸元を思いっきり広げたあと、パレオとマントで補強したような服装といえばわかってもらえるだろうか。腕には自分の太腿ほどもある手甲を着け、三日月型に歪んだ円錐の帽子を被っている。
「『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』でミドリンにダイレクトアタック!」
 幼稚園児バージョンの天音が自らの身長の半分はある杖を構えた。物語の住人であるトゥーンモンスターは、たとえモンスターが場にいても無視してプレイヤーにダイレクトアタックできる。まさに二重の意味で夢のモンスターなのだ。
 ――だが、所詮夢は幻に過ぎない。
 オレはいちばん初めに伏せたカードを表にした。
「『サイクロン』発動! 『トゥーン・ワールド』を破壊するぜ!」
 そう、物語の中の存在だからこそ、本が破壊されては生きていけない。それがトゥーン最大の弱点なのだ。
「お見通しヨ! カウンター罠『マジック・ドレイン』発動!」
「――っ!」
「もちろん知ってるわよネ? 発動中の魔法か手札の魔法の、どちらか相手が選んだほうを消去するカウンタースペル。でも今のアナタに手札はない。サイクロンは打ち消させてもらうわ」
 本に迫った暴風が、あと少しというところでつむじ風に減速し、一ページも揺らすことなく消えてしまった。チビ天音の攻撃が再開される。小さいといっても、その攻撃力は本物の『ブラック・マジシャン・ガール』と同じ2000。杖から発射された黒い炎玉がオレのデュエルディスクを直撃し、オレのLPはとうとう600にまで落ち込んでしまった。

「さあ、もう後がないわヨ? カードを一枚伏せて、ターン終了!」
「……オレのターン。ドロー!」
 オレがカードを確認するのと、ローズが伏せカードに手をかけるのは同時だった。
「『闇の仮面』を媒体に、『死のデッキ破壊ウィルス』発動!」
 引いたばかりのカードが晒される。
「『迅雷の魔王−スカル・デーモン』か……惜しかったわね、このカードさえあれば逆転できたのに」ローズは余裕の笑みを浮かべ、高らかに笑った。
「ミドリンにもう手札はない。今度こそアタシの勝ちヨ!」
 オレは目を伏せたまま笑った。
「……まだ、最後のリバースカードが残ってるぜ」
「ハッタリネ。そのカードは蘇生系でも、攻撃阻止系でもない。蘇生系なら『氷帝メビウス』を蘇らせたはずだし、攻撃阻止なら、ガールの攻撃を通したはずがない――たぶん速攻魔法『スケープ・ゴート』ってところかしら」
「……さすがだな」
 顔を上げる。眼があった。
「たしかにこいつは、蘇生系でも、攻撃阻止でもない――もっと面白いものさ」
「……なにヨ?」
「ギャンブルだよ」
 伏せカードを発動させた。

「嘘……!」

 まなじりが裂けそうなほど眼を見開いていたのは、ローズだけではない。観客席からもいくつもの驚嘆の声が上がった。
「――『強欲な壺』を、伏せて出すなんて……!」
 ローズが驚くのも無理はない。『強欲な壺』は引いたらそのターンに使うのが普通だ。そのとき引いたモンスターや罠が勝敗を分けるかもしれないし、温存しておいて破壊されでもしたら悔やんでも悔やみきれない。
「その答えは、あんたの手札だ。そのカード、『炎帝テスタロス』だろう?」
 ローズの最後の手札を指差すと、彼の顔が凍りついた。
「タネを明かせば簡単なことさ。さっき、三十秒くらい迷ってから『闇の仮面』を伏せたことがあっただろう? あれで手札に『テスタロス』があるって気づいた」
 あの時オレの手札はゼロ、場には『墓守の偵察者』がいた。オレがローズなら、上級モンスターを出して攻撃する。上級モンスターがなければターンを終了する。単純な分かれ道だ。だがローズはそこで逡巡した。迷うということは、手が二つ以上あるということである。
 ローズのデッキの性質を鑑みれば、「手札破壊」と「攻撃」の二つの選択肢があった、と考えられる。ローズがモンスターを伏せたことで、それは確信に変わった。ローズが迷っていたのは、二つのモンスターのうちどちらかを出すかであり、残したのは「攻撃する」選択肢のほうだ。
 なぜ攻撃しなかったのか? 残した上級モンスターは何なのか? 手札破壊デッキであるということ、ローズが初心者であるということを考え合わせれば、『炎帝テスタロス』を残したのだ、と気づくのにそう時間はかからない。生け贄召喚されたとき相手の手札を一枚捨てさせ、さらにそれがモンスターだった場合、レベルに応じて追加ダメージを与える上級モンスターである。初心者ゆえローズはこの「手札を捨てさせる効果」を使わずにただの上級モンスターとして場に出すのがもったいないと考え、攻撃のチャンスにもかかわらず温存する道を選んだのだ。
「その次のターンでオレが引いたのが『強欲な壺』だった。そこでこう思った。もし『強欲な壺』を発動させて引いたカードの中に、魔法カードがあったら? スーパーエキスパートルールでは、一ターンに手札から出せる魔法は一枚きり。次のターン、『テスタロス』の効果で確実に消されてしまうだろう。逆に手札がなければ、あんたはいつまでも『炎帝テスタロス』を温存し続けるかもしれない。だからオレは『強欲な壺』を伏せて、一ターン待ったのさ」
 オレが説明を終えると、ローズは魚の骨が咽に引っ掛かったような表情になって、
「――それだけ? 本当に、それだけなの?」
「それだけ、とは?」
「アナタの闘い方はめちゃくちゃだわ。わざとフィールドを空けたり、来るかどうかもわからないカードをたのんで罠を張ったり……まるでわざと自分を危険に晒しているみたい……」
 ローズの言葉が耳に痛かった。彼の言うとおり、オレは逃げているだけだ。亜理紗の痛みから、亜理紗を傷つけてしまった痛みから。そして亜理紗とはまったく関係のない痛みで紛らわそうとしている。
「……オレは、あんたみたいにすげえレアカードを持ってるわけでもないし、ろくにテクニックがあるわけでもない。だからあんたに勝つには、運に頼るしかないのさ――行くぜ!」
 デッキトップから二枚引く。
「一枚は『ホルスの黒炎竜LV6』。ウィルスに感染したから、こいつは墓地へ置く。そしてもう一枚は――」

 どこからともなく、遠雷が聞こえてくる。

「――『早すぎた埋葬』!」
 オレとローズの間に血のようにあかい十字架が浮かび上がる。地に刻み付けられたあか。死と再生の象徴。
 地の底から雷鳴と共に足音が近づく。先端に牙を持った翼がまず現れ、次いで恐ろしい形相の頭、おどろおどろしい胴体が明らかになった。苦悶を浮かべた頭蓋骨には二つの角がついており、西洋の悪魔を彷彿させる。胴体は筋肉質だが皮膚がなく、赤い筋肉がむき出しになっていた。肋骨に似た胸当てを着け、肩には亀の甲羅のように盛り上がった装甲、腕は先端に行くにつれて徐々に太くなり、末端には鋭く尖った爪が三本、血を求めるように光っていた。
 魔王の威容に気圧されたように、ちびマジシャンが青ざめた顔で半歩下がる。
「これで終わりだ! 『墓守の偵察者』を反転召喚、『墓守の呪術師』をデッキから特殊召喚し、三体で攻撃!」
 魔王の双眼が赤く光ったかと思うと、本物かと見まがうほどの巨雷がチビ魔術師を打ち据えた。ミニマジシャンは悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げて本の中に逃げ込んだ。最後に振り返って、涙目であっかんべーしてから本を閉じる。製作者の偏った愛を感じる光景だ。
 誰もいなくなったフィールドを二人の墓守が疾駆する。偵察者の体術と呪術師の呪術。合計で2000ポイントが叩き込まれ、ローズは降参するように諸手を上げた。
「また、アタシの負けネ――さすがミドリン」それから観客に向かって、「応援してくれたひとー! ありがとー! 負けちゃったけど、嬉しかったー!」と手を振った。彼がこんな性格でなければ、あるいは観客の多い準決勝でなければ、結果は違っていただろう。
 舞台に立つことが喜びの手品師――視線を快感に変えられる彼だからこそ、メビウスがあればかならず使ってくると思った。テスタロスの効果を使うまで出してこないと思った。なぜならそのほうが「格好いい」から。観客を意識し、効率よりも見栄えのいい戦い方を選んでしまう。それが彼の敗因だった。
 ――なんて。オレ、勝つ気満々じゃねぇか……。
 勝敗なんかどうでもいいと思っていても、心の中にあるのはけっきょく、勝つための打算。他人を分析し、利用し、自分のいいように動かすための計算。だから亜理紗に愛想を付かされるのだ。
 病院を見上げ、オレはもう一度嘆息した。

   777

 その少女は無言のまま、美作ミドリを親の仇のように睨みつけていた。
 うつくしい少女だった。余計な線をすべてそぎ落とした輪郭。つややかな黒髪。口元には大胆なラインが引かれていて、口の大きい人は生命力が強い、という俗説を思い出させる。目許から鼻筋のラインにかけては彫像のような美を極めていながら、肌はルノアールの描く女性のように淡い白さを湛えている。私は人物画を好まないが、それとは関係なくこの子を描いてみたいと思った。十代の女だけがもつ未完成という名の魔力。砂鉄の中に放り込まれた磁石の如く視線を捕らえて放さない、生まれながらのエロチシズムの顕現。それらを思う存分絵筆に吸い上げ、キャンパスに吐き出せたらどんなに愉しいだろう。
 ミドリ君と同様、彼女も準決勝に残っていた。ローズ戦が始まる直前、「決勝で会おうぜ」と拳をぶつけ合っていたから間違いない。クラスメートかなにかだろう。しかし彼を見つめる眼は試合が進むにつれ、だんだんと険しいものになっていった。
「なんで……ミドリ、いつのまにあんな――」
 ローズの『氷帝メビウス』を『天罰』で退けたとき、とうとう耐え切れなくなったように少女は呟いた。
 隣にいた少年(こっちはブラックマジシャンのコスプレをしていた)は少女を一瞥し、
「そんなに変わったか? 基本的なコンセプトは変わってないように思えるが……」
「ちがうよ。そうじゃない。あの戦い方をみて、何も感じない? 悲しくならない?」
 少年は答えなかった。
「ボクは悲しいよ。だってあれは――あれは、カードが嫌いになった人の闘い方でしょう?」
 ――この子……!
 少女が私と同じように感じていたと知って、私は目をみはった。
 美作ミドリは変わってしまった。今壇上にいるのは、かつて私に「面白いデュエル」を教えてくれた彼ではない。今の彼は、わるい意味で敗北を恐れていないのだ。勝敗などどうでもいいと思っている節すらある。スタンバイフェイズ終了を宣言しなかったり、保険もかけずに自分のフィールドを空けたりするのがその証左だ。勝負から逃げている。どうでもいい、と投げやりな自分を演出することで、傷つくことから逃げている。目隠しをして綱渡りをしているようなものだ。しかも、ロープを握っているのはあの『人形遣いのローズ』である。無事に渡りきれる可能性など万に一つもない。
 ないはずだった。
「『早すぎた埋葬』! ――三体で攻撃!」
 見事綱を渡り終えた美作ミドリに、私は驚きを隠せなかった。幻だろうかと思ったが、美作アキラの興奮が車椅子を通して伝わってきてそれを否定した。これは現実だ。有り得ないことが起こっているが、現実だ。
 ――ローズが、いえ、ジュリアが、一介の高校生に負けるなんて……。
 ミドリ君がイカサマをしたのか? いや、彼はそんな子ではない。ならばどういうことだ? どこでジュリアは計算を誤った?
 そもそも今回のデュエル、なぜジュリア本人は出てこなかったのだ? わざわざBブロックとCブロックに宣戦布告ともとれる裏工作をし、ローズが確実に決勝戦まで勝ち残れるようにしておきながら。
 ジュリアの駒であるローズが消えた今、残っているのは高校生が二人と大学生が一人。この中にジュリアの「操り人形」がいないことは確かだ。ではこれは想定外のシチュエーションなのか? それともこの状況こそが――?
 ――まさか……ジュリアが決勝戦に出したかったのは、本当は……。
 ローズと話している美作ミドリに眼がいく。ふと思い当たったその可能性に私は戦慄した。そんなはずはない、とすぐさま否定してみるものの、時間が経てば経つほど、その途方もないアイディアは私の脳の中心に居座ってどんどん体重を増していく。
 でも……まさか。

 罠にはまったのは、私たちのほうだっていうの……?



☆アトガキ☆

 初っ端から語り手が変わってて面食らった方はごめんなさい。いかがお過ごしでしょうか。なんとか今年も生き延びたプラバンです。
 見捨てずにここまで目を通してくださったあなたには、今年最大の感謝を。
 というわけで第七話。ナナに始まりナナに終わるナナの話。

 重要なのに今まで出てこなかった設定が、やっと日の目を見ました。「スーパーエキスパートルールでは、モンスターを破壊する魔法カードは禁止されている」。これは、遊戯vs城之内(マリク)戦で海馬が言った、「プレイヤーおよびモンスターを直接攻撃する魔法カードは禁止されている」という発言を受けています。(え、闇への手招き? 埋葬の腕? なんですかそれは?)

 このルールについては賛否両論あると思います。『ライトニング・ボルテックス』はおろか、『地砕き』『地割れ』『抹殺の使徒』『シールドクラッシュ』が使えないとなれば、現存する多くの戦略、デッキタイプが封じられるといっても過言ではないでしょう。

 採用した理由はいろいろあるのですが、けっきょくは「そのほうが面白いから」の一言に尽きます。たとえば『地砕き』で『青眼の白龍』をあっさり倒したところで、小説としては面白くないでしょう。『トゥーン・ワールド』のコストが減っていないのも、まあ似たような理由です。

 さて、次回はいよいよ決勝戦。相手は天音? それともメタリック・ウルフ? それはあなたの目で確かめてください。


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