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第六話 邂逅、再会、別れ(前編)


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 あ、もしもし? アタシィ。げんき? あーそう。よかった。
 例の大会、仕込みはまあまあってところかしら。言われたとおり、BとCは押さえたわ。――ううん、そこまで手を回したらまずいかと思って。あんまりエサをばら撒きすぎたら、釣れるものも釣れなくなるでしょ?
 は? そこまで強引な手を使うわけ? 本気? お魚さんが逃げちゃってもいいの?
 ……そう。ま、アタシはアタシの仕事をやらせてもらうから、当日はよろしく。それじゃ。

   ***

 翠(ミドリ)という名前は、昭和生まれの祖父が名付け親だ。
 初孫の誕生に浮かれた彼が最初に提案した名前は『朝海(アサミ)』で、朝日を浴びてきらめく瀬戸内海のように雄大で、外面だけでなく内面も美しい人間に育つよう願いがこめられていたらしい。しかし響きがまるで女の子だという両親の反対にあい、話し合い(という名の連想ゲーム)の結果、海の色ということで、ミドリに落ち着いた。
 祖父が存命だった頃は正月は家族そろって瀬戸内にある父の実家に行くのが恒例だったが、自分の名前の由来になった景観を眼にするたび、オレは教科書だと思って開いたものが絵本だったような違和感を覚えたものだ。天から降り注ぐ光明(アキラの名前はここから来た。明、と書く)に照らされた海原は確かに荘厳で、ここから名前をとろうと思った祖父の気持ちも分かる。だが半透明な水面は、ミドリではなくアオだったのだ。
 そのことをかつて父に問うと、「オレもそう思ったんだが、オヤジが「あの海は昔からミドリだ」と言って聞かないんだよ。それでまあ、アオよりはいかと思ってミドリにした」と答えた。
 祖父はときどき、青色を――緑色に見えないこともないがオレの目には青色に見える色を――緑色と呼んだ。横断歩道で「緑になったから渡るよ」と言われたときはオレも小さかったから、そうかボケというのは眼にも起こるものなのだなと思ったものだ。もちろんそれはボケではなかったし、祖父の眼に異常があるわけでもなかた。その証拠に「青い空」「緑の森」などはちゃんとわかる。ただ二つの色の線引きが、オレとは少しずれているのだ。
「自分が見ている色と同じ色を他人が見ているとは限らない、ってことか」
「シ二フィエとシニフィアンだな」
「すると、一歩間違えば美作アオ君になっていたかもしれないわけか」
 部室に集まった連中は、オレの話に三者三様の答えを返した。ちなみに右から天音、井村さん、百目鬼の順である。ロゴ入りのTシャツを着た井村さんの両脇にブラックマジシャンガールとブラックマジシャンが並んで座っているのは、そこだけ別の写真を貼り付けたような奇妙な光景だった。
「シニフィ……なんとかって何ですか、先輩?」
 と挙手した美少年の名は、百目鬼武士という。中学からの友人だが、オレはいまだにこいつのことが理解できない。不可思議な言動は「変態だから」で済ますとしても、毎日ブラックマジシャンのコスプレで学校に来る神経はもはや理解の世界を飛び越えて、さいきんでは違う星からきたのだろうと思うようにしている。顔だけ見れば100点満点中90点くらいなのだが、「ブラックマジシャンガールが永遠の恋人」などと公言しているせいで、異性からの人気はさっぱりらしい。
「説明するのは難しいんだが――色の知覚にも関わってくる概念でな。たとえば、虹が七色ってのは常識だろ? でもそれは日本だけの常識で、海外へ行くと五色や十色って所もある。つまり同じものを見ていても、属するコミュニティが違えば違う受け取り方があるってことなんだな。
 もっと厳密に言えば、こういうことになる。もし日本語に『赤』という言葉がなかったら、郵便ポストは『赤い』とは認識されない。つまり、『赤』という言葉を知っている人間によってのみ、ポストは赤いという概念は共有されるんだな」
「よくわからないんですけど……たとえば赤ん坊に『赤』って言葉を教えず、『郵便ポストは青いぞ』って教えたら、郵便ポストが青く見えるんですか?」
「というより、その子にとって青と赤は同系色として認識されるだろうな。ちなみに世界には色を表す言葉を二種類しか持たない民族もいる。彼らの眼に異常があるわけじゃないぞ。区別する必要がないから、気づかないだけなんだな」
「見えるけど、みえない」
「その通り。こういう例もある。言語を司る部分の機能を失った脳では、海の青と空の青はまったく違う色として認識されてしまうという。われわれがその二色を同系色として捉えているのは、実は「アオ」という言葉があるおかげに過ぎん。つまり人間は認識したものを言葉で表現しているのではなく、言葉で表現できるものしか認識できないんだな」
「わかるような、わからないような……」
 頬にかかったほつれ髪を後ろに流しながらひとりごちた美少女の名前は、蓬莱天音。高校に入ってから知り合ったが、オレはいまだにこの人のこともよく理解できない。ちょっと常識はずれの言動は「帰国子女だから」で済ますとしても、週に三日はブラックマジシャンガールのコスプレで登校する神経はもはや常識の範囲を飛び越えて、さいきんでは百目鬼と同じ星から来たのだろうと思うようにしている。顔とスタイルは100点満点中200点くらいだが、百目鬼と違って異性からの人気は大変なものがある。
「いや、俺もよく判ってないんだけどな。今のは教授の受け売り」
 陽に焼けた顔に精悍な笑みを浮かべたこの人の名前は井村という。オレたち三人が通う府秦高校の卒業生で、M&W部の元部長。現在は地元大学の三年生である。そんな人物がなぜ高校にいるのかというと、話は20分ほど前にさかのぼる。
 TAD試験の翌日、オレはアドヴァイスの礼もかねて百目鬼と天音に結果報告していた。場所は例によって図書室だ。実際の点数が出るのは数週間も先だが、とりあえず全勝したなら200点は越えられるだろう、という百目鬼の予想に内心小躍りしていると、井村さんがふらりと現れて、「百目鬼、一年の美作ミドリってやつ知ってるか?」
「ちょうどいま、先輩の目の前にいますよ」
「……蓬莱じゃないか」
「ちがいます、こっち」とオレの袖を掴む。
「男じゃないか」
「すみません、オレが美作ミドリです」
「はへ?」とまるで大学の講義に赤ん坊の教授がやってきたような顔をしたあと、井村さんは倉皇として謝ってきた。「いやすまん! すまんかった! 名前しか聞いてなかったものだから、てっきり女かと!」
「いいですよ、慣れてますから。ところで何か用ですか?」
 自分は井村というもので、以前M&W部で部長をしていた者だが――と始まった自己紹介でなんとなく予想がついたとおり、オレの名前を吹き込んだのは野々村先輩だった。M&W部の現部長で、ことあるごとにオレをM&W部に引っ張り込もうとする変人だ。ついにOBまで巻き込んだかと身構えたが、井村さんは野々村の野望に付き合う気はないときっぱり言った上で、純粋にオレに興味があると言った。
「あの野々村が入れ込むデュエリストが、どんな奴か見たくなってな。ここじゃなんだから、部室に行って語らないか? コーヒーぐらいおごるから」
 提案に乗って自販機経由でM&W部の部室に足を踏み入れてしまったのは、むろんどうしてもカフェインを摂取したかったわけではなく、井村さんが百目鬼たちも誘ったからだ。そういう気配りができる人だった。いきなりM&Wの話を切り出すのではなく、オレの名前の由来を聞きたがったのも好感を持てた。オレが彼の期待にこたえられるようなデュエリストではないことを、少しだけ残念に思った。
「野々村先輩がオレのことをなんて言ったのか知りませんが、たぶん誤解です。オレはあの人が思っているような決闘者じゃないんです。いや、デュエリストですらないかもしれない。オレがデュエルをするのは、同じ地平に立ってデュエルしたい人がいるからで、別にM&Wが好きだからってわけじゃないんです。その人が選んだなら囲碁や将棋でもよかった。たままたM&Wだっただけのことなんです」
「そこまでして、その人との勝負にこだわる理由を訊いても?」
「たぶん――」天音を見た。悪戯小僧の笑みを返してくるかと思いきや、真剣な視線で射抜かれた。「認められたいから」
 井村さんは満足げに頷いて、見覚えのあるわら半紙を取り出した。白地の紙には、無骨な太字で『地区大会間近! 大会運営ボランティア急募! 詳細はM&W部の井村まで』とある。
「ボランティアについては気にするな。野々村たちが快く引き受けてくれることになっている」
 またOBの権力濫用ですか、と揶揄した百目鬼を無視して、
「それより、大会に出てみないか?」
 その言葉は、暗殺者の正確な一撃のように胸の急所を貫いた。――あなたシかいないのです、と女の声が耳朶に蘇る。違う、オレよりまともなデュエリストなんていくらでもいる。
「もっと単純に考えてみたら?」と井村さん。「M&Wそのものが好きじゃないからって、他のデュエリストに気後れする必要なんかどこにもない。カードを選んだ動機なんて本質じゃないんだな。問題はなミドリくん、君がカードに選ばれたいかどうかだ。君には強くなりたい理由があり、大会に出れば確実に強くなれる――ほら、悩む必要なんてどこにもなかった」
 たしかに、彼の言っていることは正しい。そんな風に単純に考えられたら、どんなによかっただろう。
「一度は、出てみようかとも思ったんです、その大会。……でもオレ、TADを受けちゃってるんですよ」
 TADというのはM&Wの実力を数値化するテストのことで、要するに英語検定や漢字検定などのM&W版だ。この試験で高得点を出すことはデュエリストにとって一種のステータスなのだが、デメリットもある。
「たしかTADを受けた人って、こういう大会に出場できなくなるんですよね?」
 タディ――TADを受けたデュエリストのことを、そう呼ぶらしい――は、公式大会とタディ専門大会を除き、ほとんどの大会に出場できないという不文律がある。なんとなれば、カードショップなどが主催する大会はあくまで中級以下のデュエリストを対象としたM&Wのパブリシティが目的であり、TADを受けるほどの実力を持つデュエリストの独壇場になっては困るからだ(オレみたいに初心者なのにTADを受ける人間は、『真紅眼の黒竜』並にレアなのだ)。ちなみにタディであることを隠して大会を荒らしまわるハスラーのことを、非難を込めてマッドタディと呼ぶ。
 井村さんはかぶりをふった。
「二つばかり誤解がある。一つ、タディは小規模な大会に出場しないことを推奨されているだけで、別に禁止されているわけではないんだな。敬遠されるとしたらハイタディのような凄腕だけで、一回受けただけのミドリくんがどうこう言われることは絶対にない。百目鬼も蓬莱もタディだが、既にエントリーは完了している」
「先輩、天音はともかく、僕様はエントリーしてませんけど」
「俺がしておいた」
 百目鬼はあんぐり口をあけた。「ちょ、ま、先輩、なんで!?」
「勝手に部を辞めた罰だ。いいかげん、お前もふっきれ。そして外でデュエルしろ。いつまでも校内最強なんてつまらない肩書きに満足してるんじゃない」
 それからオレのほうに向き直って、
「二つ、この大会はKC主催の公式大会だ。プロでもないかぎり、出場に制限はない。ネットじゃハイタディクラスの大物が出場を決めたなんて噂も流れてる」
「オレも……エックスが出てくるって噂を聞きました」
「ああ、それは公式大会前に必ず流れる定番の流言で――そもそもエックスなんて存在しないんだな」
「存在しない? でも」
 ジュリアが、と言葉の先を飲み込んだ。TAD試験の最後に起こったことは誰にも言っていない。いえるはずがなかった。
「美作、TADは技術点(プレイング)と芸術点(デッキ)に分かれていて、各150点満点で採点されることは知ってるな?」百目鬼が補足する。「そして技術点と芸術点には、点に応じたランクが与えられることになっている。たとえば技術点の場合、130点以上ならAランク、110点以上ならBランク、という感じで。そして満点の150点をとった場合、Xランクを与えられるといわれている。だが前にも説明したように、技術点の満点は誰も取ったことがないし、取ることができない。『完璧なプレイング』はないからだ――もしあったら、それはデュエルが始まる前から勝負が決しているということになってしまう」
 天音が引き継ぐ。
「Xランクのデュエリスト、すなわちエックスは存在しない。いると主張する人は多くて、ネットだとほとんど実在の人物として扱ってるところもある。でも本当は、首長竜の生き残りと同じで、いたら楽しいけど、いるはずがないんだよ」
「そう……なのか」
 いるはずのないデュエリストと、ジュリアのいうエックスが同じ人物だという保証はない。だがオレは心のどこかで、抑えつけていた地区大会への興味がとうとうあふれ出したのを感じていた。夜道で背後から不気味な音が追いかけたとき、すぐに走って逃げる選択をする人間はそれほど多くはないだろう。たいていの人間は、逃げる前にまず振り返って確かめずにはいられないはずだ。オレがそうであるように。

   ***

 落ち込んでいたという天音の話を疑いたくなるくらい、亜理紗はいつもどおりだった。「久しぶり」も「どうしてたの?」もなく、嬉しそうにオレの来なかった間のことを話してくれた。仲のいい看護師さんが婚約したこと、アキラと天音、百目鬼を交えて四人でささやかなデュエル大会をしたこと、お昼に食べたスイカが美味しかったこと、そろそろ退院できると言われたことなどなど。
 誤解されていたことについて、オレは何も言わなかった。それを言えば、眼の見えぬ亜理紗を責めていると勘違いされてしまうと思った。何も言わないことで、気にしていないと伝えているつもりだった。
 その話題になったのは、何がきっかけだったか。たしか心理テストの話をしていたときだ。ふと心の中に、亜理紗ならどうするだろう、という疑問が生じた。
「――たとえばの話、なんだけど……たとえば王様から魔王エックスの退治に行けと命令された。けどオレは勇者じゃなくて、ただの農民だ。逃げる道も一応あるんだけど、見つかったら何をされるかわからない。行くべきか行かざるべきか、どっちを選んだほうが後悔が少ないと思う?」
 亜理紗はこちらに顔を向けた。まるで見えているんじゃないかと思うほど正確に、その視線はオレの眼を貫いていた。「ゲームの話、ですか?」
「……そう、ゲームの話」RPGじゃなくカードゲームだけど、と心の中で付け足す。「王様から魔王を退治してこいと云われて、『受ける』と『逃げる』の選択肢が現れた。君ならどうする?」
 亜理紗ならどうする、とは言えなかった。亜理紗が「亜理紗と呼んでほしい」と言ったのはオレが女だと誤解していたから、名前で呼び合える女の親友が欲しかったからだ。男だとわかった今、名前で呼び捨てにするのは無神経に思われた。
「あたしだったら逃げます。一目散に逃げて、田舎に籠もって余生を過ごします」
 亜理紗は逃げる動作をして見せた後、
「……でも、ミドリは受けたほうがいいと思ってるんでしょ?」
 話の中身より、ミドリ、と呼び捨てにされたことに驚いた。オレが男であろうと、親友には変わらないということだろうか。それともオレにも亜理紗と呼んでほしいという意味だろうか。
「……なんで?」
 いや、深読みするのはオレの悪い癖だ。単に自分から「ミドリって呼んでいい?」と言い出した以上、引っ込みがつかなくなっているだけだろう。あるいは天音と同じ理由で、そのほうが呼びやすいだけなのかもしれない。彼女も中学までは海外で暮らしていたそうだから。
「だってそうじゃなきゃ、どっちを選んだほうが『後悔が少ないか?』なんて訊かないよ?」
 すっぱりと断言した。彼女の言うとおりだった。どっちを選べば後悔が少ないかなんて判りきっている。オレは迷っていると自分に言い聞かせていただけだ。
「そうだよな――ありがとう」
「いえいえ」
 憑き物が落ちたようにすっきりして、オレは亜理紗のキューティクルの辺りを眺めた。彼女の聡明さを証明するかのように曇りなく輝いている。また亜理紗の鋭さを垣間見たと思った。思えば初めての邂逅以来、彼女の勘のよさには驚かされっぱなしだ。
 ――ひょっとしたらオレの恋心も、とっくの昔に見透かされているんだろうか。
 自惚れるわけではないが、友人として好かれているとは思う。でなければ、いくら女と誤解していたとはいえ、あんなに親しげに振舞うはずがない(天音のことは未だに『蓬莱さん』と呼んでいるくらいだ)。オレが亜理紗に好意を持っていることも、当然気付いているだろう。ならオレが男だと知った今、亜理紗はオレのことをどう思っているんだろう――。
「あのさ、もう一つ訊いてもいいかな?」
 言ってから後悔した。いったい何を訊こうというのだ。オレが君を好きだってこと、とっくに気付いている? 訊けるわけがない。
「なあに?」
 首をかしげる亜理紗。まずい、何か質問を考えねば。だがこんなときに限って何も思いつかない。オレとつきあわない? ってそれは質問じゃなくて告白っていうああ考えがまとまらない――ああもう、なんでもいい!

「なんで入院してるの?」

 軽い質問のつもりだった。今まで訊かなかったのが不自然な位だが、実はちょっと人には言えない方法で答えを知ってしまったせいで、後ろめたさがあった。あれは彼女が「城ヶ崎なんて呼びにくいでしょ? 亜理紗でいいよ」と言った日のことだ。事故か偶然かパジャマの第三ボタンが外れていて、彼女が上半身を起こしたとき、隙間からガーゼと包帯に覆われた左胸がちらりと見えた。(けっして「見た」わけではない。「見えた」のだ。不可抗力だ)体を起こすときなどに時々顔をしかめることを考え合わせれば、簡単に結論が出る。
「――誰が?」
 一拍の呼吸を置いて、亜理紗はそう訊き返した。初めてオレを誰何したときの声とまったく同じ声音で。けれど決定的に何かが違う声だった。
「……あ、気に障ったなら、ごめん。もう訊かない」
「――ねぇ、だれが?」
 主語がわからなくて訊き返したわけではないことくらい、オレにもわかった。亜理紗は聞きたがっている。オレにとって亜理紗がどういう存在なのかを、オレの口から。

「その……亜理紗、さんが、どうして入院しているのか、と思って……別に他意はないんだけど」

 心の中でさんざん亜理紗亜理紗と呼び捨てにしていても、やはり口に出すのは照れがあった。これまで女の子を名前で呼んだことなど一度もなかったのだ。
 心の中で言い訳しながら顔を上げ亜理紗の顔を見たとき、オレはこれまでの人生で二番目の後悔に襲われることになった。一番目は心無い言葉で母親を泣かせてしまったときだ。それと同じくらいの、地球から消えてしまいたくなるような罪悪感。
 亜理紗は無言のまま、涙をこぼしていた。
 ごめん。違った。いまのなし。そう言えたら、どんなに楽だっただろう。けれど懸命に嗚咽を堪えようとしている彼女にそんな軽い言葉をかけることはできなかったし、たとえそれで亜理紗の許しを得たとしても、彼女を傷つけた事実には変わりないのだ。
 もし「人を好きになること」が種の保存のために遺伝子によって仕組まれた感情なのだとしたら、自分の息子、孫、ひ孫、子々孫々全てを死神の鎌でばっさり切られてしまうような、本能に根ざした恐怖をオレは感じていた。亜理紗が一言「死んじゃえ、馬鹿」というだけで本当にオレの世界が終わってしまうと聞かされても、きっとオレは信じただろう。
 けれど亜理紗は何も言わず、顔を背けた。鼻を啜る音が病室に響いた。何を言っても自己弁護になってしまう気がして咽から空気が絞り出せないでいると、亜理紗が独り言のように呟いた。

「うそつき」

   ***

 大会当日は雨雲こそないものの、どんよりとした曇天が空を覆う、蒸し暑い気候だった。羽住山の中腹に広がる羽住大学キャンパスに集まった参加者は、地方大会にしてはまずまずの二十八人。観客はその三倍くらいいる。ちらほらとモンスターに扮したコスプレイヤーも見かける。まるで百目鬼と天音が分身しているようだ。
 TADのときのように教室を借りて行われるのかと思っていたが、案内された先は広場だった。いかにも急ごしらえっぽいパイプテントに集められて受けた説明によると、借りる予定だった教室の隣の研究室に、予定されていたより早く精密機械が搬入されたせいで、デュエルディスクが使用できなくなったからだという。
 会場は白線で四等分され、一度に四試合まで同時に消化することができる。準々決勝まではそうして同時進行でデュエルを進め、準決勝からは中央に大きくスペースをとって、一試合ずつ進めるそうだ。デュエルグラウンドに入らなければ、どこで観戦しようと自由。デュエリストはコールされたら、5分以内にデュエルフィールドへ行くこと。対戦相手が5分たっても来ない場合、不戦勝になること。その他、反則と警告。ゴミの分別。トイレの場所とマナー。ルールがわからないときはどうするか。優勝者の権利と義務などなど。まるで小学生の遠足だ。暑さと眠気にやられて最後のほうは誰も聞いていなかった。
 ようやく説明会が終わり、手続きを済ませたオレは、木陰のベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。さっきからスピーカーがひび割れたような声で、Aブロックの対戦カードを発表している。試合を観戦する気にも、対戦相手を確認する気にもなれなかった。名前を呼ばれたら出て行って闘うだけだ。大会がトーナメント方式で、負けたらすぐに帰っていいというのは幸いだった。わざと負ける気はないが、できれば一回戦で負けてしまいたかった。
「ミドリ君!」
 聞き覚えのある声。剪定された植込みを挟んだ反対側の道で、缶ジュースの詰まった箱を抱えた男がこちらに向かって手を振っていた。井村さんだ。後ろには野々村先輩もいた。
 駆け寄ろうとしたオレをそのままでいいからと手で示して、彼は声を大にして叫んだ。
「ブロックは?」
 オレも叫び返す。
「Bブロックです!」
「デュエルネームは?」
 この大会では選手の呼び出しに本名ではなく、あらかじめ登録したデュエルネームを使う。個人情報保護なのか主催者の趣味なのか、詳しくは知らない。
「グリーン!」
「わかった! あとで行く!」
 必要最低限の会話はそれで終了し、彼は段ボール箱を抱え直すと、早足で去っていった。オレは肩の力を抜いて、視線を戻した。いつの間にか木陰は車椅子に乗った少年と、ごく薄い青を加えた白衣の看護婦に占領されていた。病院からの物見遊山だろうか。
 亜理紗は今頃どうしているだろう。羽住山を見上げた。白亜の病棟が見えた。亜理紗はもうそこにはいない。あれから亜理紗とは喧嘩別れする形になってしまい、言い訳も謝罪も何一つできなかった。
 ぐずぐずと未練たらしく亜理紗の病室があるA棟を眺めていると、ピンポンパンポン、というチャイムの後に、Aブロックの一回戦が終了したという放送があった。まもなくBブロックの一回戦が行われるという言葉の通り、五分ほどして、再びチャイムが鳴る。
【Bブロック一回戦第一試合、アダージオVSハルマゲ丼。繰り返します。アダージオVSハルマゲ丼】
 淡々と対戦表が読み上げられていく。だが、オレの名前は出ない。
【――繰り返します。一回戦第三試合、うにうにVSムサシ。以上がBブロック一回戦の組み合わせです。選手の方は――】
 とうとう最後までオレの名前は呼ばれなかった。
「……これって、出場資格なしってことか?」
 呆然と独りごちると、左から返事が返ってきた。
「違うわよ。トーナメント表を見てないの?」
 隣にいた看護師が、プリントアウトされた小さな紙を渡してくれた。二十八人を四つのブロックに分けたせいで、それぞれのブロックに一人ぶんシードが設けられ、二回戦からとなっている。「君の場合、運よくシードに選ばれたんだと思うよ」
「あ、なるほど」
 オレは礼を言って紙を返した。返そうとした。
「――え?」
「はろー。やっと気付いたわね」
 手をひらひらさせて微笑む看護師。オレを見つめる母獣の瞳。白衣のイメージに騙されてまったく気付けなかったが、それは紛れもなく、TAD試験官のナナだった。
 意外すぎる再会に一時的な失語症に陥っていると、彼女はくすくす笑いながら、「さっきからあっつ〜い視線を送ってあげてたのに、ぜんぜん気づかないで通り過ぎていくんだもの、笑っちゃった。ミドリ君、探偵には向いてないわね」
 おっとりした口調でそう言った。試験のときとはうってかわって言葉に棘はまるでなく、それがかえってオレを赤面させた。オレはまごついた舌で、
「……わかった。『お注射天使リリー』のコスプレだ」
「失礼ね。本職よ。試験官はバイト」
「なんでここに?」
「患者さんの散歩」
 患者さんというのはおそらく、ベンチから少し離れた木陰で休んでいる、車椅子に乗った少年のことだろう。そのためだけに、病院からここまで歩いて来たらしい。
「……オツカレサマデス」
 ナナは咽の奥で笑った。
「君の両親から、息子をよろしくお願いします、って頼まれたからね」
「は? それってどういう――」
 とうとう噴き出した。「まだ気づかないの?」
 彼女の視線を追う。車椅子に乗った、中学生くらいの少年。脚のギプスが痛々しい――
「――あ」
「鈍いなミドリ、探偵には向いてないぜ」
 車椅子に乗っていたのはアキラだった。説明を求めてナナに視線を戻すと、彼女は破顔一笑し、
「アキラ君の担当看護師で、村瀬ナナといいます。よろしく」
 差し出された右手を見つめながら、オレは世間の狭さを実感していた。

 アキラが観戦に夢中になっている間、オレとナナは少し離れた場所で話し込んだ。看護師が本職といっても出勤日数だけ見ればアルバイトのようなものらしい。TADは病院側も黙認しているという。そんなことがありうるのかと訊くと、「どっちも上はKCで繋がってるからね」。
「ところで、TAD試験官が見に来るってことは、ひょっとしてこの大会って凄い?」
「ぜーんぜん。よくある地方大会よ。ただ――」ナナは視線でデュエルグラウンドを指した。Dブロックの試合が、今まさに始まろうとしていた。「手前でシャッフルしてるのが、メタリック・ウルフ――通称、鋼鉄のハイエナ。ここらへんじゃ最強最悪のマッドタディよ。ハイタディクラスの実力を持ってるくせに、自分より下のレベルの大会だけを選んでは出場してる」
 言葉の端々から軽蔑が感じられた。彼女も一人のデュエリストなのだ。闘うことの意味を、それが常に負けと隣り合わせであることを知っている。だからこそ、安易に勝ちにこだわる姿勢が許せないのだろう。
「このあいだバイト先、つまりTAD試験官の間で、偶然彼の話が出たんだけど、そのときある人が言ってたのよ。この大会に、鋼鉄のハイエナを破るデュエリストが出場する、って。それを見に来たの」
「そのバイト先の人って……ひょっとして、人形遣いのローズ?」
 答えを聞く必要は無かった。驚きに大きく見開かれた眼がそうだと物語っていた。
 人形遣いのローズ――ナナに続く二人目のTAD試験官であり、いわゆるオカマ。本業は手品師。M&Wは初心者らしい。TAD試験官の水増しのために採用されたそうで、実際にオレと戦ったのは、彼に指示を出していた別の試験官だった。オレに大会に出るよう指示したのはその女――ジュリアだ。ジュリアはオレにこう言った。大会に出て、エックスというデュエリストを倒して欲しい。エックスを倒せるのは、オレしかいないから。
 ――つまり、こいつがエックスってことか……。
 ウルフは見れば見るほど、強そうなデュエリストに見えた。彼がカードを出すたびに、まるでカードそのものに力があるように、状況は彼に味方し、対戦相手はどんどん追い詰められていく。逃げ道をどんどん塞いでいく戦い方は、同時にオレの不安も呼び覚ました。――本当に、オレに勝てるのか?
「流れを味方につけるタイプね。……可哀想だけど、あっちの子にもう勝ち目はないわ」
 ナナの言った通り、その試合はウルフが圧倒した。勝利が確定した瞬間、彼は両手を天に伸ばし、観客に印象付ける派手なポーズをとる。これが本当のデュエルか、オレは戦慄した。勝者は歓喜し、諸手を振り上げ、観客の歓声を浴びる。敗者は這い蹲り、勝者の放つ栄光にただひたすら耐えるしかない。命の代わりにプライドを賭ける事を除けば、それは古代の剣闘士の闘いと少しも変わらない光景だった。


 Bブロック二回戦が終わってデュエルグラウンドから出ると、百目鬼と天音にかちあった。『グリーンVSハルマゲ丼』という放送を聞いて、もしかしたらと思ってやってきたのだそうだ。しかし彼らが来る前に勝敗はついており、オレが結果を告げると、二人とも残念そうな顔をした。
「ま、次に期待しようよ」慰めるように天音が言う。今日も今日とてブラックマジシャンガールのコスプレをしているが、同じ恰好をしている人をよく見かけるせいか、それほど際立っていない。「対戦相手が勝手に棄権しただけで、まだ負けたわけじゃないんだし」
「ミドリは昔から悪運だけは強いからなあ」車椅子の上からアキラが言う。「闘わずしてベスト8に残ったなんて、ミドリくらいなものじゃないか?」
「運も実力のうちってやつだろ」オレは肩をすくめた。「次こそオレの新デッキの実力を見せてやるぜ」
「それは楽しみだ。僕様と当たるまで負けるなよ」と百目鬼。
「こっちの台詞だ」
 二人は次の対戦相手の試合を見るために散っていき、オレは再びナナ・アキラと一緒に試合を見物することになった。もっともオレは真面目に観戦する気などなかったし、それはウルフの試合を見に来たナナも同じで、自然と雑談が多くなった。話してみると意外に気さくな人となりで、男友達と話しているような気楽さがあった。
 「病院といえば」とオレが亜理紗の話を切り出すと、よほど意外だったのか、ナナはちいさく吃驚の声を上げた。
「そんなに驚くことですか?」
「あ、そうじゃなくて、彼女ってほら、いろいろと――」そこで言葉を詰まらせる。
「いろいろと?」
「――いろいろと、大変でしょう。眼が見えないから、友達もなかなか出来ないし、だからちょっとびっくりしたのよ。どうやって知り合ったの?」
 問われるまま、オレはこれまでの経緯を話した。アキラの病室と間違えて入ったこと。女性と誤解されていたこと。名前で呼ぶと約束したにも関わらず、照れから「亜理紗さん」と呼んでしまったこと。そのせいで、亜理紗に嫌われたこと。最後のくだりを話すと、ナナは長嘆息を吐いた。
「中学生には中学生なりの悩みがあるのね」
「高校生です」
「ガキって意味では同じでしょ」
 むっとして声を荒げた。
「ガキかもしれないけど……オレは真剣なんです」
「どうかしら。真剣なら、なんで名前で呼んであげなかったの?」
「それは……やっぱり、照れがあったっていうか……」
 ナナはため息をつき、特別扱いしてくれない男に振り向く女はいないというようなことをのたまった。最後の一言は、ふかく胸に突き刺さった。
「残念だけど今回は潔く諦めて、次の恋に生かすことね」

   ***

 Bブロック頂上決定戦の観客は、他のブロックに比べて明らかに多かった。オレが一度もデュエルせずに勝ち上がってきたため、注目を集めたのだろう。対戦相手は『ムサシ』という二十代前半の、明らかに伊達とわかる眼帯をつけ、長髪を頭のてっぺんで纏めた男だった。剣道着のようなものを着こなし、腰には長短二本の摸造刀を差している。足許だけはなぜかスニーカーだった。
 互いに挨拶を交わした後、「よろしくお願いします」「拙者こそ」距離をとってデュエルディスクを構えた。この緊張感がオレは好きだ。頭の中にある窓という窓が開け放たれ、新鮮な空気が流れ込んでくる。余計な感情が消え、ただデュエルをするための生き物に生まれ変わる瞬間。
「――デュエル!」
「――いざ!」
 オレの先攻。いい手札だ。いきなり切り札級のカードが二枚も揃っている。以前のオレならこの二枚を温存しつつ、確実な方法で相手のLPを削る戦略を取っただろう。
「オレのターン。ドロー! カードを二枚伏せ、『ピラミッド・タートル』を攻撃表示で召喚! ターンエンド!」
「拙者の手番、札を引かせてもらうぞ !」
 侍姿の男はいったん動作を止め、オレのフィールドを眺めた。『ピラミッド・タートル』の攻撃力は1200。だが戦闘で破壊されたとき、デッキからアンデッド族を呼ぶ効果を持っている。当然、この特殊効果に注目するはずだ。
「拙者は『スナイプストーカー』を召喚致す。効果の説明は入り用か?」
 かぶりを振った。『スナイプストーカー』。攻撃力1500のレベル4モンスターカード。手札を一枚捨てる代わりに、三分の二の確率でフィールド上のカードを一枚破壊できる。
 ムサシが取ったのはワンアクションだったが、彼の戦略を知るには充分だった。『スナイプストーカー』で『ピラミッド・タートル』を攻撃。デッキから出てきたモンスターを、そのギャンブル効果で破壊する。もしギャンブルに失敗しても、手札には攻撃阻止の罠カードがあるに違いない。
 いちばん確実な手を取るということは、すなわち容易に予想されてしまうということだ。抜け目のない戦略の、唯一の抜け目がそこにある。
「ならば覚悟いたせ! 『スナイプストーカー』で『ピラミッド・タートル』を攻撃! お命頂戴つかまつる!」
 ――かかった!
「罠カード発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
 ギャラリーがどよめくのがわかった。破壊されることで効果を発揮する『ピラミッド・タートル』を守ったのだから当然だ。しかも、そのために犠牲にした『ミラーフォース』は、上手く使えば状況を一転させるだけの力を持つ強力なカード。序盤で使えば、切り札を失ったうえ、もはや自分のデッキにミラーフォースはない、と相手に教えてしまうことになる。
 『スナイプストーカー』が光の渦に切り裂かれ、肉隗になって地面に崩れ落ちるのを、ムサシは幽霊でも見るような眼で見つめていた。オレのまったく意味の見えない行動に、確実に混乱している。
「に、二枚の札を伏せて、拙者の番を終了致す」
 カードを伏せる時、彼は一度もこちらを見なかった。身を守ることに捕らわれ過ぎて、行動が馬鹿正直になっている。大声で「ここに罠を仕掛けておきますから警戒してください」と叫んでいるようなものだ。オレは地面に向かって笑んだ。
「エンドフェイズに速攻魔法発動! 『サイクロン』! 二番目に伏せたほうのカードを破壊する!」
 破壊されたカードは、果たして『魔法の筒』。モンスターの攻撃を跳ね返すカードだ。ムサシの顔に明らかな動揺が浮かんだ。
「オレのターン。ドロー!」フィールドに一瞥を投げる。魔法カードが一枚伏せてあるだけだ。警戒するだけ無駄。「まずは『ピラミッド・タートル』を生け贄に、『迅雷の魔王 −スカル・デーモン』を召喚! そして手札より魔法カード『早すぎた埋葬』を発動! 400ライフ払う代わりに、『ピラミッド・タートル』を蘇生! 二体で直接攻撃!」
 攻撃力の和は3700。たった一ターンで相手のLPは300に減った。
「最後にカードを一枚伏せて、ターン終了!」
「拙者の番、札を引かせてもらう」
「ドローフェイズ終了時にトラップ発動! 『仕込みマシンガン』!」
 相手の手札、場のカードを合計した数×100ポイントのダメージを与えるカードである。いま、ムサシの手札は四枚。伏せカードが一枚。合計500ポイントのダメージが与えられる。
「……見事。拙者の負けよ」
 会場が沸く。「速攻デッキか?」「いや、今のは運だろう」「決着つくの早過ぎっ!」
「――Bブロック代表は、デュエリスト『グリーン』に決定!」
 審判が声を大にして宣言すると、観客はなおも今のデュエルについて不満と分析を語り合いながら、他のブロックに散っていった。残ったのはオレの知り合いのみ。アキラは眼を輝かせて「ぜってえ次も勝てよ! 優勝しろよ! 学校で自慢するんだから!」と言い、井村さんは「よくやったよくやった!」とはしゃぎまわり、百目鬼は「僕様のアドヴァイスのおかげだな」と腕を組んだ。
 ひとしきりそうやって騒いだ後、「――とりあえず、ベスト4入りおめでとう」それまで無言だったナナが口を開いた。
「でも、あのとき私に言ったこと、覚えてるかしら?」
 真意を聞き返す前に、ピンポンパンポン、とチャイムが流れ、全員の眼がスピーカーに注がれた。
【各ブロックの代表者を発表します。Aブロック代表『ヘヴンズソング』。Bブロック代表『グリーン』。Cブロック代表『ドールマスター』。Dブロック代表『メタリック・ウルフ』。準決勝の組み合わせはすぐに発表しますので、放送に注意してください】
 Aブロック代表の『ヘヴンズソング』――天国の音色。これは間違いなく天音だろう。Dブロック代表は例の『鋼鉄のハイエナ』。だが、『ドールマスター』と百目鬼はどうしてもマッチしない。
 百目鬼のほうを見ると、「ま、運も実力のうちってやつさ」と肩をすくめた。
「相手は? 『メタリック・ウルフ』か?」
「いや、別人。そいつは『ドールマスター』に負けたよ。Cブロック代表の」
 『ドールマスター』。その名前に非常にマッチしているデュエリストを、オレは知っていた。「……その『ドールマスター』って、ミニスカートとか穿いてなかったか?」
「いや、男だった。ちょうどいまミドリの後ろにいる人みたいなおっさんで……あ」
 百目鬼の視線が、一点を見つめたまま固まる。
「……あ」視線を追ったナナも固まる。オレの背後に誰がいるのか、わざわざ吟味する必要は無かった。
 振り返る。どこにでもいそうな中年の男が、どこにでもありそうな恰好をして、どこにでもありそうじゃない裏声を上げた。

「ミドリくーん! リターンマッチに来たわよーン!」

   ***

 とある掲示板からの引用

54 名前:カードゲームは飯の種 20**/0*/0*(土) 23:30:44
Xって本当にいるの?

55 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/0*(土) 17:56:24
>>54
Xは初代決闘王武藤○戯。

56 名前:カードゲームは俺の嫁 :20**/0*/1*(日) 17:51:40
>>54
マジレスすると、武藤○戯はI2社の株をかなり持ってる。
あとはわかるな?

57 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 19:33:33
>>56
マネーイズパワーw。

58 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 20:13:27
>>55-57
信じるなよwwwエックスとかwwwアホス。

59 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 21:45:36
しかたねーな俺が教えてやる。

エックスってのはな……おや、集金だ。ちょっと行ってくる。

60 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:12:34
マジな話。
俺はエックスにあったことがある。

61 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:15:21
>>60
kwsk

62 名前:60 :20**/0*/1*(日) 22:32:11
偶然そいつの成績証を見てしまった。
ウィザーズを始める前だったから、そのときはなにも感じなかったんだが、Xは取れないと聞いてマジで驚いた。

63 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:36:41
技術点じゃなくて芸術点がXだったんじゃね?

64 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:36:41
技術点じゃなくて芸術点がXだったんじゃね?

65 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:37:22
>>63
芸術点は満点でもA+。技術点にだけXランクがある。

66 名前:カードゲームは飯の種 :20**/0*/1*(日) 22:46:14
>>60
どんな奴だった?

66 名前:60 :20**/0*/1*(日) 23:10:34
 若い男だったと思う。帽子をかぶっててよく見えなかった。


☆アトガキ☆

 ローズがこんなキャラになるなんて予想外でした。こんにちは、プラバンです。
 第六話を公開することができました。
 ここまで読んでくださった辛抱強い方には、特大の感謝を捧げたいと思います。

 なんだこれ、と思われた方も多いでしょう。
 デュエル小説なのにデュエル短い! つーか前語りが長い! というお叱り、ごもっともだと思います。
 そんな方は、どうか後編を気長にお待ちくださいますよう、平にお願い申し上げます。
 後編はデュエル三昧になる予定です。今回の短さを取り戻すように。
 ちなみに次回は後編ではありません。番外編でもありません。




☆おまけ設定集☆ ―そろそろ用語がわかんなくなってきた方のために―

○は原作に登場するもの。●はオリジナルのものです。

●CCE(Cybernetic Computing Engine)
別名CCエンジン。デュエルディスクに搭載されているコンピュータ。これのおかげで低コストでのカードのソリッドビジョン化が可能になった、らしい。

○I2社
インダストリアルなんとか社。社長が生きているのか死んでいるのかよくわからないゲーム会社。M&Wを作ってるとこ。X本編中での設定では、現在の社長はペガサスとは別人になっている。ちなみに大株主は初代決闘王。

○KC
なんとかコーポレーション。CCEとかソリッドビジョンとか作ってる会社。社長はワンマンだけど弟思いの誰かさん。

●TAD(Test of Ability as the Duelist)
決闘者としての適性試験とかなんとか。大学のM&W部を受験するには、その学部が指定する以上の点数が必要になる。無作為に選ばれた二人の試験官とデュエルし、その課程及び結果によって点数が決定される。芸術点(デッキ)、技術点(プレイング)各150点で300点満点。受験には参加費一万円と、オンラインまたは電話での予約が必要。

●TOD(Test of Duelists)
決闘者の試験。旧バージョンのTAD。I2社が創始。

○M&W(マジック・アンド・ウィザーズ)
ペガサス・J・なんとかによって創り出されたカードゲーム。世界中で流行している。

●MTG(マジシャンズ・テーブル・ゲーム)
X本編中で、全てのカードゲームの元祖と呼ばれるゲーム。複雑なルールと多彩なカードは深い戦略を可能とするらしい。このカードゲームをかじったことがあるものなら、ほとんどのカードゲームをこなすことが出来るという。ちなみにマジック・ザ・なんとかとは一切関係ありません(笑)。

○カード・プロフェッサー
もともとは賞金の出る大会やマッチに出場する賞金稼ぎを指していたが、現在ではデュエルを生業とするプロデュエリスト全般を指す言葉になっている。賞金稼ぎタイプと、スポンサーを得てプロリーグに出場するタイプがある。日本には前者が皆無といっていいほど少ない。

○ソリッドビジョン
デュエルディスクが作り出す立体映像のこと。

●タディ
TADを受けたデュエリストのこと。将来プロのデュエリストを目指している人ばかりなので、実力者ぞろいとされている。非公式大会などでは出場を拒否されることがある。

●ハイタディ
TADで240点以上を獲得したデュエリストのこと。公式大会では優先的にシード権が与えられる代わりに、参加者50人以下の大会では出場の自粛を求められる。対義語はロゥタディ(149点以下)、ちなみに現時点で出てきたデュエリストのなかで、ハイタディはナナだけ。点数は246点。

●マッドタディ
タディであることを隠して非公式大会に出場し、中級デュエリストを蹴散らして優勝商品を奪うデュエリストのこと。実際にタディでなくても、実力者が同様の行為をすればマッドタディと呼ばれる。マナーの悪いデュエリストのことをこう呼ぶこともある。

○決闘盤
デュエルディスクのこと。

●限定戦術研究学部
通称M&W学部。ゲンセン、ゲンジュツとも呼ばれる。近年様々な大学で設立が始まっている、あたらしい学部。世間ではカードゲームで遊んでばかりの変な学部と思われているが、実際には限定戦術学を学ぶ場。限定戦術学とは行動経済学と心理学を融合させた学問で、主にカードゲームにおける人間の行動と心理を研究する。そのモデルとしてM&Wが使われているだけで、デュエルばっかりしているわけではない。


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