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第四話 ハーピィの甘い罠


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 フッ。
 フフフ。
 フハハハハ。
 涙が止まらなかった。
 冬のせいだ。ここのところ不快度指数は軒並み80を超え、発情した牡蝉どものメスを求める声は騒音規制法を完全無視しているが、きっと世界が滅ぶ前兆だろう。滅びてしまえ。こんな世界。

 オレの世界の中心に、亜理紗という少女がいる。弟の入院している病院に、同じく入院している盲目の少女だ。途中経過は割愛するが、彼女に惚れたオレは、ここのところ毎日のように病室を訪ねていた。彼女も「苗字は呼びにくいでしょ? 亜理紗って呼んで」とまんざらでもない態度で、オレは成層圏まで舞い上がっていた。
 頭に血が上ったやつの考えることにろくなことはない。オレは告白しようと考えた。決め台詞はそう――「TADで223点以上取れたらつきあってください」だ。今から考えると実に馬鹿らしい台詞だが、本気だった。本気で馬鹿だった。
 TADというのはM&Wというカードゲームの腕が、どれほどかを測定する試験だ。はっきり言って大学のM&W学部に入学する以外には人生の何の役にも立たないテストだが(テストなんて大概そんなもんだ)、いろいろあって半ば押し付けられるように受けることになった。亜理紗はこのテストで223点という高得点を叩き出している。
 もちろん高得点を取れば亜理紗の心を動かせると考えていたわけではない。ただ、さいきん彼女は随分と親しげに振舞うし、気持ちさえ伝えれば、あとはなんとかなるのでは、と期待(というか打算)はあった。
 神罰が待っていた。
 その日、病室に亜理紗の姿はなく、妙齢の女性が花瓶の水を換えていた。白髪交じりの黒髪を後ろで束ね、ちょっと疲れた感じのある、ろうたけた女性だった。
「あら? あなたは……?」
 オレをみとめた女性は、可愛らしい仕草で小首をかしげた。
「美作ミドリといいます。ここに居た亜理紗さんは……?」
「まあ、あなたがミドリさんね? 亜理紗から聞いていますよ。あの子は今、検査中なの」
 笑った顔は、あと二十年経てば亜理紗もこうなっているだろうと思わせるものだった。
 女性は続ける。
「でも、男の子だったのね」
「……は?」
「気を悪くしたらごめんなさい。あの子、ミドリさんっていう……女の子の親友ができたって言ってたから」
 女性は鼻にしわを寄せて笑い、とどめを刺した。
「私の名前も美登里(みどり)だから、あなたのこと、誤解していたんじゃないかしら」
 亜理紗の母親の言葉は、除夜の鐘のように頭の中で響いた。しつこいほど何度も何度も。
 確かにこの名前のせいで、女と間違えられることは多い。亜理紗にしてみれば、母親の名前がミドリならなおさら女性的なイメージは強いだろう。「オレ」と自称する女性だって、高校生なら珍しくもない。ついでに言えばオレの声はバンドをやってる友人にうらやましがられるくらいの高音で、電話口で「お嬢さんですか」といわれたことも一度や二度ではない。
 ってことは――

 ――「ミドリ」って呼んでいい?
 ――あたし、こうやって名前を呼び合える人ができるの、夢だったの!

 ――あれってまさか、「親友ができるのが夢」って意味だったのか……?
 オレは亜理紗が検査から帰ってくる前に退散した。顔を合わせる気にはなれなかった。ただ、このふざけた世界がさっさと終わってくれることを願っていた。

   ***

 オウガイさんから電話、と母親が呼びに来て、ちょうど『高瀬舟』(夏休みの課題図書だ)のスプラッタなシーンを読んでいたオレは耳を疑った。欄外を確認する。没したのは大正二年とある。オレの祖父がまだ生まれてもいない時代だ。振り返ったオレは、きっとB級ホラーで怪物に襲われる少年Bのような表情をしていたと思う。
 おそるおそる受話器を耳に当てた。「もしもし?」
「よ、ミドリ? 元気?」
 蓬莱天音だった。ホウライさんとオウガイさん――電話口なら聞き間違えても仕方ない。
「なんだ。林太郎かと思った」
「……大丈夫? フラレて頭おかしくなってない?」
「すこぶる正常だよ。っていうかなんで知ってるんだ」
「今日、ボクも城ヶ崎さんのとこ行ってきたんだ。ミドリ、女の子だと思われてたんだって?」
 天音の自称は「ボク」だが、こちらは紛れもなく女だ。オレと同じく高校一年生だから、「少女」のほうが的確か。オプションで上に「美」とか「コスプレ」とかが付く。
「なあ、オレの声ってそんなに女っぽいか?」
 天音はオレの問いには答えず、
「ミドリも傷ついたかも知れないけど、亜理紗さんはもっと傷ついたんじゃないかな? 眼が見えないことを責められたって、あの子にはどうしようもないことでしょう?」
「別に、責めたつもりは」
「責められているように感じたと思うよ。なんか今日、やけにハイテンションだったし」受話器を持ち替えたのか、天音の声が一瞬遠くなった。「あれ以来ずっと、あの子のところに行ってあげてないんだって?」
 まるでオレが全て悪いといわんばかりの口調だ。こういうときの女性が発揮する連帯感は、男のオレには一生理解できないと思う。
「TADの準備とか百目鬼の見舞いとか、いろいろ忙しかったからな。それに」
 と情けない言い訳を始めると、
「ミドリ、本当に亜理紗さんが好きなら、あの子を寂しがらせることだけはやめなよ。ボクが言うべきじゃことじゃないかもしれないけど……、あの子、やっぱり知り合い少ないらしくてさ、ミドリが来ないあいだ、すごく寂しい想いをしたと思う」
「……わかった。明日はTADだけど、それが終わったらまた毎日のように見舞いに行くさ。ついでにアキラもな」
「偉い。それが聞きたかったんだ。じゃ、試験も頑張ってね。落ち着いてやれば、ミドリなら楽勝だって」
 礼を言って受話器を置こうとして、もう一度持ち上げた。「もしもし?」
「なに?」
「なんでわざわざ家電にかけてきたんだ? 携帯番号、教えてなかったっけ」
「携帯に繋がらなかったから」
 思い出した。三日前に病院に入るとき電源を切って、ショックのあまりそのまま忘れていたのだ。苦笑しながらそれを伝え、今度こそ受話器を下ろした。

 大学の一室を借りて行われるというから入試試験のようなものを予想していたのだが、TADのそれはむしろオーディションに近かった。受験者は入り口で身分証明書を見せ、契約書にサインした後(第五条に「試験内容は他言しないこと」とあった……いいのか天音)、整理券をもらって呼ばれるのを待つ。持ち物は全てロッカーに預け、デッキとロッカーの鍵以外は何ひとつ持っていくことはできない。
 他の受験生は、小学生から老齢とおぼしき人間まで様々だった。待ち時間の過ごし方も様々で、神経質に一枚一枚デッキを確認しているもの、ひたすらデッキを見つめて「よし……よし!」と呟いているもの、だらしなく四肢を伸ばして時計を眺めているもの……ちなみに最後はオレ自身だ。
「24番の方、どうぞ」
 呼ばれた。受付にちょっと頭を下げ、奥のドアを開け――ようとして、勢いよく中から出てきた人間と正面衝突した。
「わぶっ」
 ぶつかった相手はこちらを見ようともせず、そのまま走り去る。顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「………」
 ここから先は、そういう世界なのだと改めて実感する。オレとは吸っている空気からして違う、「たのしいデュエル」に向かって唾棄し、実利のみを追求する猛者たちがしのぎを削りあう為の場所なのだ、この先は。
 だが、いまさら引き返すことはできない。デッキを握り締めて、足を踏み入れた。
 4人も入れば手狭に感じる、安ホテルのフロントのような横に長い小部屋だった。奥には4つの扉。顕微鏡を思いっきり大きくしたような立体スキャナー。部屋には二人の係員がいた。デッキをお預かりします、と丁寧だが有無をいわせない口調で言われ、痩身の、2メートルはあろうかというスーツの男にデッキを渡す。彼がデッキをスキャニングしている間、もう一人の、あまり言葉遣いが丁寧ではない小柄な男に簡単な質問を受け、顔写真を撮られた。
 デッキと、左利き用のデュエルディスクが渡された。長身の男はあくまで慇懃に、「右から二番目のドアにお入りください」
 深呼吸の後、ドアを開けた。

 夢かと思った。

 小部屋。ブラインドが引かれており、白熱灯に照らされていて、昼夜がわからない。木製の円形テーブルと折りたたみ椅子が一脚ずつ。どことなく馥郁とした香りがするのは、中央に立っている人物のせいだろう。
「どうしたの? そんなところで固くなってないで、お姉さんと楽しいコトしましょ?」
「すいません間違えました」
「間違ってないわよ。24番。美作ミドリくん」
「質問があるんですけど」
「スリーサイズは企業秘密」
「……なんでそんな恰好なんですか」
 これが夢でなければ、オレの質問は至極もっともなはずだった。――なんだって試験官が、よりにもよってハーピィ・レディのコスプレなんかしてるのだ!
 試験官は嫣然と笑い、「似合ってない?」とあざとらしく両手を胸に押し付けるように交差させて肩を抱いた。細い顎を手の甲に乗せて、45度に傾けた花貌から流し目をよこす。
 肝心な――もとい、大事なところ以外は完全に外気にさらされている。よく考えればビキニなどよりよほど露出度は低いのだが、視覚というのは不思議なもので、想像の余地を残されたほうが破壊力を増す。大胆な網目のストッキングがこれほど眼福――じゃない、いやらしいことを、オレは初めて知った。
「あら、赤くなっちゃって可愛い。ボウヤ、もしかして初めて?」
 あからさまな誘惑――に気付き、我に返った。天音の警告がなければ気づけなかったが、これは罠だ。
「はい、TADはこれが初めてです」
「まあ。それじゃ私がボーヤの初めての相手、ってわけね。それじゃあまず、念入りに相手のモノをシャッフルしましょうか?」
 試験官は二つデュエルディスクを取り出し、「ねぇ、私のに入れて」とUSBケーブルを差し出した。「奥までギュッと差し込んでね」
 淡々と言われたとおりにすると、試験官の女は詰まらなさそうにため息をついた。
「……ふん。誰かにアドヴァイスを受けてきたってわけね」
 色仕掛けは通じないと悟ったのだろう。デッキを乱暴にセットした試験官の眼には、それまでの媚びはまったくなかった。代わりに発せられるのは、野生の獣のようなむきだしの敵愾心。
「いくわよ。シロートボウヤ!」
 刺すような眼光を受け止めた。

「――デュエル!」

「オレの先攻ドロー。スタンバイ。モンスターを守備表示でセットし、ターンエンド!」
「最初から守備表示? 随分と臆病ちゃんなのね。男の子ならもっと大胆に行かないと」
 試験官の口調が、さっきとは別の意味で挑発的になる。だが、これくらいの揺さぶりをかけてくる奴は、MTG時代にいくらでも経験した。
「ご忠告どうも」
「私のターン。ドロー。スタンバイ。一枚伏せ、『バード・フェイス』を召喚よ」
 ――なんだ? あのカードは?
 通常、M&Wのカード一枚一枚には、凝ったイラストと効果の説明が書かれている。モンスターカードなら、属性、種族、レベルと攻撃力、守備力が必ず書かれているはずだ。ところがオレの目の前にある『バード・フェイス』は、カードの名称のみが書かれているだけで、あとはただの厚紙も同じだった。
「言っておくけど、偽造カードじゃないわよ。デュエルディスクで正常に読み込めるのがその証拠」
 デュエルディスクは正規のカード以外は拒絶するようにできている。ひと昔まえの公式大会で偽造カードが使用され、混乱を巻き起こしたことが原因だ。しかし、こんな正規カードがありうるのか?
「これはTADテスト用に作られた、一般には出回らない代用カード。このテストでは、私のカードの効果とライフポイントは非公開情報となる。あなたの知識と記憶力を試すためにね」
 ――まずいことになった。
 この試験に備え、ネットで多少の情報は集めたつもりだ。だが全てのカードの名前と効果を正確に覚えているわけではなかった。オレは記憶関係が苦手なのだ。
「『バード・フェイス』で攻撃!」
「守備モンスターは『墓守の偵察者』。守備力は2000だ。バードフェイスの攻撃力は1600。その差400ポイントのダメージが跳ね返る」
「あら本当? バード・フェイスの攻撃力は、本当に1600だったかしら?」
 意地悪な笑み。飛べないとわかっている雀を弄る猫のような。さっきのデュエリストの泣いていた理由が、判ったような気がした。
「……墓守の偵察者が表になったことにより、デッキから別の墓守を特殊召喚できる。『墓守の呪術師』」
 老墓守が出現し、印を組む。杖が宙を飛んで250ポイントのダメージを追加する。
 これで試験官のライフは、一気に3350まで減ったはずだ。
「はっ。そんな弱小モンスター、よくデッキに入れられるわね。本気? ボーヤ、勝つ気あるの?」
 鼻で笑う。確かに呪術師はレベル3、攻守ともにわずか800の弱小モンスターだ。だが、何度デッキを構築しなおそうと、オレはこのカードを抜く気にはなれなかった。
 オレが黙っているのを見て、彼女は続けた。
「いるのよねぇ。大して実力もないくせに、「これは魂のカードだ」とか言って、好みだけでカードを選ぶ雑魚デュエリストが、大勢。そういう奴に限って自分は強いと思ってるから、TADで瞬殺されて泣くことになるのよ」
 ホント馬鹿よねえ、と彼女はサディスティックに笑った。
「言っておくけど、カードゲームは論理のゲーム。魂だの気合だのが介在する余地はないわ。今日の敗北でそれを学んでいくのね、ボ・ウ・ヤ」
 黙殺した。彼女が使っているのは、プロヴォークと呼ばれるタクティクスだ。相手を怒らせることによってミスを誘う。言葉はデュエリストの武器の一つ。
 それはオレの武器にもなりうる。
「その意見には賛成だが、カードゲームで最も重要なのは、自分の戦略を知り、相手の戦略を見抜くことだ。あんたには見えてないようだな。このカードに秘められた可能性が」
「生贄モンスターを確保したくらいで有頂天? 浅いわね。ターン終了!」
 浅慮は百も承知。実力の差は計り知れないほどだろう。だがハーピィデッキの基本は天音とのデュエルで見知っていた。勝機があるとすれば、そこにしかない。
 オレのターン。
「まずは呪術師を生贄に、『迅雷の魔王−スカル・デーモン』を召喚。バード・フェイスに攻撃!」
 雷鳴と共に降臨した魔王が、天に向かって腕をかざす。瞬息、雷光が走り、鳥人の頭を爆砕した。
「バード・フェイスの効果発動。デッキから、『ハーピィ・レディ1』を手札に加えるわ」
 手札は5:5。手札を確認してから、ターンを明け渡す。
「私のターン。ドロー、スタンバイ。『ハーピィ・レディ1』を召喚」
 深緑の羽根と真紅の長髪をはためかせ、美貌と凶暴の化身が出現する。
「さらにこの召喚に対し、罠カードを発動させるわ。『連鎖破壊』」
 『連鎖破壊』――攻撃力2000以下のモンスターが召喚されたとき、デッキから同名カードを全て破壊するカードだ。通常、相手のカードを墓地に送るために使われるが――
「自分のデッキの『ハーピィ・レディ』を全て墓地へ送るということは――『ヒステリック・パーティ』!」
 『ヒステリック・パーティ』は墓地のハーピィを全て蘇生させる罠カード。その布石として、『連鎖破壊』でデッキのハーピィを墓地に送ったのだ。
「……ふ。私の高速ハーピィデッキ、見せてあげるわ。一枚伏せて、ターン終了!」
「オレのターン。ドロー。スカルデーモンのコスト250を払い、スタンバイフェイズ終了。『スカルデーモン』でハーピィに攻撃!」
「罠カード発動よ。『和睦の死者』。このターンのダメージを無効にするわ」
「……ターン、終了」
 試験官は、あら、もう終わり? と嘲笑した。
「私は『召喚僧サモンプリースト』を召喚するわ」
 長い鬚をたくわえた術士が現れる。攻撃力は800。召喚された瞬間、守備表示になるモンスターだ。だが、守備力やそれ以外の効果は忘れてしまった。
 ――『召喚僧』というくらいだから、なにか召喚に関係のある効果だったはずだが……。
「カードを一枚セット。さらに手札から『万華鏡 −華麗なる分身−』を捨て、デッキから『聖鳥クレイン』を守備表示で特殊召喚」
 思い出した。『サモンプリースト』は手札から魔法カードを捨てることで、デッキから四ツ星モンスターを特殊召喚できるのだ。
「さらに『聖鳥クレイン』の能力により、デッキからカードを一枚ドローできる。どう? これが戦術というものよ。ハーピィ・レディを守備表示にし、ターン終了」

「オレのターン。ドロー。250ポイント払い、スタンバイ」ドローカードは『聖なるバリア ―ミラーフォース―』。攻撃を防ぐ中では最大の破壊力を誇る罠カード。
 ――もしあの伏せカードが『ヒステリック・パーティ』なら、『聖鳥クレイン』ではなく『ハーピィズペット仔竜』を特殊召喚したはず……。しかし罠の可能性もある。ここは様子を見るか。
「『ゴブリン突撃部隊』を召喚。プリーストに攻撃する」
「メインフェイズ終了時に罠カード発動。『ゴッドバードアタック』」
 鳥獣族一体に不死鳥の力を与えるカードだ。これも天音とのデュエルで見たことがある。
 オレは自分でも不思議なほど落ち着いていた。それはたぶん、ハーピィデッキと戦うのが初めてではないからだろう。相手のデッキタイプがわかっていることほど、デュエルにおいて安心できることはない。
「ハーピィをリリースして、指名するのは『ゴブリン突撃部隊』と『スカルデーモン』!」
 牙爪の麗人が炎上する。火炎は炎の鳥の形を成して、オレのフィールドに肉薄する。
「スカルデーモンの特殊能力発動! 雷の裁き!」
 効果の対象になったとき、二分の一の確率で無効化する能力がある。三筋の雷光が不死鳥を襲い――しかし不死鳥には命中せず、地面に吸い込まれていった。
「げっ……」
 落雷を避けた炎鳥は低空飛行でスカルデーモンに迫ると、大爆発を引き起こした。隣に居たゴブリンたちも巻き込まれ、フィールドには偵察者だけが残った。
 このターン、フィールドに鳥獣族は『聖鳥クレイン』と『ハーピィ・レディ1』の二体がいた。しかし彼女が『ゴッドバードアタック』の生贄に使ったのは、守備力で勝るハーピィ。理由はおそらく、ハーピィはヒステリック・パーティで蘇らせることができるため――それと、もう一つ。
 『ゴッドバードアタック』が発動したため、バトルフェイズはキャンセルされ、今はまだメインフェイズだ。偵察者を攻撃表示に変更してバトルを仕掛ければ、確実に『聖鳥クレイン』を葬ることが出来る。だがそうすれば攻撃力わずか1200の偵察者が場に残ることになり、次のターン、格好の餌食となる。そこでそれを防ぐため、オレは伏せカードを出さざるをえない。
 ――『ハーピィの狩場』を警戒して伏せカードを出さないできたが、そろそろ限界か……。
「ならば、『偵察者』を攻撃表示に変更。『クレイン』に攻撃する」
 うろおぼえだが『聖鳥クレイン』の守備力は1000以下。細かい数字までは覚えていないが、攻撃力1200の偵察者なら倒せるはずだ。
 果たして、聖鳥は墓守のハイキックで倒れた。
「カードを二枚伏せ、ターン終了だ」
 『ミラーフォース』と魔法カードを伏せた。これで互いの手札は三枚。フィールドには、二体の魔法使い族――偵察者とサモンプリーストがそれぞれ存在している。
「私のターン。ドロー。スタンバイ。手札より『万華鏡』を捨て、サモンプリーストの効果でデッキから『ハーピィズペット仔竜』を召喚。一枚伏せて、ターンを終了するわ」
 偵察者の攻撃力は1200。それを上回るモンスターを出さなかったということは、試験官は攻撃阻止の罠を読んでいる。
「オレのターン。ドロー。スタンバイ。偵察者を守備表示に変更。さらにモンスター一体を守備表示で出し、ターン終了」
「私のターン。ドロー。スタンバイ。手札を一枚捨て、永続罠『ヒステリック・パーティ』を発動!」
 地面が光り、三体のハーピィが蘇る。
 ペット仔竜は、ハーピィが場に居れば居るほど力を増す。一体ならハーピィを攻撃から守り、二体なら攻撃力が倍になり、三体になると、一ターンに一枚、フィールドのカードを破壊する効果を持つ。
 ――だが、オレの伏せカードは二枚。『ミラーフォース』を破壊できる確率は、二分の一のはず。
「……ふ。ボーヤはさっきのターン、攻撃力1200の墓守を守るように伏せカードを二枚出した。どちらかが攻撃に対抗する罠カード、もう一方が、私の目を撹乱するための魔法カードってところね」
 妖艶なまなざしがオレを捕らえた。
「私がどうして試験官に選ばれたと思う? それはね、私が罠を見抜く眼を持っているからなのよ――ボーヤはさっき、左、右の順にカードを伏せた。おそらく、右が罠――無意識に破壊されるのを恐れて、罠は後から伏せたはずよ」
「………」
「その顔、正解ってところかしら。それじゃあ『ペット仔竜』の効果発動。そちらの伏せカードを破壊させてもらうわ」
 仔竜――とは名ばかりの巨大なドラゴンの口腔に、攻撃のときとは違う、青い火が満ちる。火球が放射され、罠カードは砕け散った。
「『ミラーフォース』か。初心者がよく使うカードね。ついでにハーピィ・レディ1で偵察者を攻撃」
 ハーピィの攻撃力は2200。爪が偵察者を真っ二つにする。
「まだ二体のハーピィが残ってるわよ。守備モンスターに攻撃!」
「オレのモンスターは『ピラミッド・タートル』。戦闘で破壊されたとき、守備力2000以下のアンデッド族モンスターを呼び出すことができる。『ピラミッド・タートル』を守備表示で特殊召喚!」
 ピラミッドを背負った亀が切り裂かれたと思うと、その切れ目から再び同じ亀が姿を現す。
「雑魚モンスターが……。いいわ、最後のハーピィで攻撃!」
「ピラミッド・タートルが破壊されたことにより、『龍骨鬼』を守備表示で呼び出す!」
「うじゃうじゃうるさいわね……ペット仔竜で攻撃!」
 上級モンスターである龍骨鬼も、火球を食らって灰となる。これでオレの場のモンスターは全滅した。
「エンド! さあ、ボーヤのターンよ!」

 状況は最悪だ。手札で唯一使えそうなのは、相手の攻撃を三ターン封じ込める魔法カード『光の護封剣』。だがこれを出しても、確実にペット仔竜の効果でかき消されるだろう。
 残りの手札は、モンスターのコントロールを交換する魔法『強制転移』と、召喚を無効にする罠『昇天の角笛』、伏せてあるカードは、墓地からモンスターを呼び出す『早すぎた埋葬』。
 ――ここまでか……!
 現状でオレが打てる最善の手は、『光の護封剣』を出し、『早すぎた埋葬』でスカルデーモンを復活させることくらいだ。しかし次のターン、ペット仔竜の効果で護封剣は打ち消され、スカルデーモンも竜の餌となる。その後、ハーピィ三体のダイレクトアタックを食らってオレの負けだ。
「ほらほら、最初の勢いはどうしたのボーヤ? サレンダーしてもいいのよ?」
 デッキに視線を送った。この一枚。このドローで起死回生のカードを引けなければ、オレは負ける。天音との約束も果たせなくなる。
 負けるものか。眼を閉じて天音の声を思い出した。負けてたまるか。
「オレのターン! ドロー!」
 ドローカードがもたらしたのは――戦慄。
「コスト400を払い、魔法カード『洗脳』を発動!」
 試験官は片眉さえ動かさず、淡々と、
「ひとつ忠告させてもらうわ。たとえペット仔竜を洗脳したとしても、ハーピィが味方に居ない限り、特殊能力は使えないわよ」
 オレの狼狽を予想していたのだろう。だがオレの放った一言は、彼女の余裕を完璧に打ち砕いた。
「洗脳するのはペット仔竜じゃない。対象は――サモンプリースト!」
「――っ! そういうこと……っ!」
「手札から魔法カード『強制転移』を捨て、デッキから4ツ星モンスターを特殊召喚する――『魔導戦士ブレイカー』!」
 赤銅色の鎧剣士がデッキから飛び出す。
「さらに魔導戦士の攻撃力を300ポイント下げることで、『ヒステリック・パーティ』を破壊!」
 三体のハーピィは、もともと墓地から蘇生したモンスター。永続罠『ヒステリック・パーティ』が消えたことで、三体とも土と化した。
 ペット仔竜は左右を見渡し、ハーピィが見えなくなったと知るや、急に情けない声を上げて萎縮する。
「まだまだ! LP400を払い、伏せカード『早すぎた埋葬』を発動。墓地から『スカル・デーモン』を復活させる!」
 地割れが起こり、裂け目から魔王が蘇生する。これでモンスターは三体。オレの勝ちだ。
「まずはスカルデーモンでペット仔竜を攻撃!」
 蒼雷が仔竜を一呑みにする。これで1300のダメージ、とオレは計算した。残りLPは950のはずだ。
「さらにサモンプリーストでダイレクトアタック!」サモンプリーストの攻撃力は800。これで残り150ポイント。
「最後にブレイカーで攻撃! オレの勝ちだ!」
 オレの勝ち誇った笑み――に水を差すように、
「……あなた、馬鹿?」
 ブレイカーは、脚が地面にくっついたように動かない。「――ど、どうして?」
「プリーストの効果で特殊召喚されたモンスターは、そのターン攻撃できないのよ。知らなかったの? 減点ね」
 最後の言葉が一番堪えた。
「ど、度忘れしてただけだ。だが、あんたのLPは残り150だぜ。ターンエンド!」
 オレのLPは残り2700。手札には『光の護封剣』と『昇天の角笛』がある。対する彼女の手札は二枚。
 ――油断はできない。ハーピィデッキの前ではライフ差など関係ない。
「あなたの計算が正しければ、の話でしょ。私のターン」ドローしたカードを、そのままオレに見せた。「魔法カード『強欲な壺』。デッキから二枚ドローするわ」
 これで彼女の手札は四枚。彼女はちらりとオレのフィールドに視線を送った後、
「カードを一枚伏せ、コントロールの戻ったサモンプリーストを守備表示に。さらに『万華鏡』を捨て、デッキから『聖鳥クレイン』を守備表示で特殊召喚。一枚ドローして、ターン・エンド」
 ――なんだ……?
 流れるような処理の中、一瞬、頭の中で違和感が弾けた。正体はわからない。だが、何かが垣間見えた気がした。
 違和感を解決できないまま、
「ドロー。コスト250を支払い、スタンバイ終了」試験官の真似をして、ドローしたカードをそのまま見せた。
「偶然だな。『強欲な壺』発動。二枚引くぜ」オレの手札は四枚に。だがモンスターカードは来ない。「さらに、ブレイカーでクレインを、スカルデーモンでサモンプリーストを攻撃」
 二体のモンスターが破壊され、彼女のフィールドが空になる。
 ――このターン、どっちを伏せるべきか……。
 既に魔法カード『強欲な壺』を使っているため、伏せられるのは罠のみ。手札には二枚の罠があった。
 ――思い出せ。さっきのターンの彼女の行動を。この頭の中のもやもやは、何だ?
 彼女はまず『強欲な壺』を発動させ、オレのフィールドを確認した後、一枚伏せた。そしてサモンプリーストを守備表示にしてクレインを……。
 ――そうか!
 頭の中の窓が開き、風通しがよくなった気がした。いま彼女の手札は三枚。伏せカードが一枚。そのうちの三枚を、オレは予測できていた。
 ――ならば、伏せる罠はこちらしかない。
「一枚伏せ、ターンエンドだ」
「私のターン。ドロー。スタンバイ。手札を一枚捨てて伏せカード発動! 『ヒステリック・パーティ』。ハーピィ三体を守備表示で特殊召喚」
 オレはほくそ笑んだ。
「そして手札より二枚目のペット仔竜を召喚。ボーヤの負けよ」
「それはどうかな。伏せカード発動。『昇天の角笛』! ブレイカーを生贄に、ペット仔竜の召喚をキャンセルする」
「――っ!」
 魔導戦士が角笛を吹く。巨大ドラゴンと赤銅戦士の姿が、同時に煙の如く消え去った。
 前のターンでオレが気になっていたのは、LPたった150にもかかわらず、彼女がモンスターを通常召喚しなかったことだ。モンスターを召喚しなかったのか、できなかったのか。こういう場合、オレは敢えて最悪の状況を考えることにしている。もしわざと召喚しなかったのだとすれば、手札にはどんなモンスターがあるのだろう? そう考えたのが始まりだった。
 ハーピィデッキで出し惜しみするカードがあるとすれば、『ハーピィズペット仔竜』以外にはありえない。だが、彼女の場にはクレインとサモンプリースト。オレの場にはブレイカーとスカルデーモンが居た。もしオレが新たにモンスターを召喚し、三体で攻撃すれば、どの道彼女は負ける。それでもペット仔竜をセットしなかったということは、伏せカードが攻撃を封じてくれるということだ。ではその伏せカードは何なのか?
 『ミラーフォース』は初心者が使うカードと馬鹿にしていた。一番ありうるのは『和睦の使者』や『威嚇する咆哮』など、バトルフェイズを無効にするカードだ。二番目にありうるのは、『ヒステリック・パーティ』。
 だが、『ヒステリック・パーティ』だとしたら、なおさらペット仔竜を通常召喚しておくだろう。もしオレが彼女ならそうする――とそこまで考えたとき、隕石のような啓示が落ちてきた。
 ――オレが試験官なら、『ヒステリック・パーティ』を伏せ、ペット仔竜を出さずに終了する! もし『ペット仔竜』を出しておき、オレのターンで『ヒステリック・パーティ』を破壊されたら、確実に敗北するからだ。それなら守備を固め、次のターンで『パーティ』を発動させ、一気に攻撃する道を選ぶ。これなら彼女の行動の説明もつく。
 ……というような長い考察(実際には数秒だったが)の末、オレは『昇天の角笛』を伏せたのだった。
「『角笛』は完全に予想外だったわ。私はこのままでターンを終了する」
 この罠カードは、モンスター一体を生贄にしなければならないわりに、モンスター一体しか墓地に送ることができない(つまり罠と生贄の二枚を使って、たった一枚のモンスターしか抹殺できない)という、効率のわるいカードだ。カードゲームは論理のゲームと言い切る彼女にとっては、デッキに入れることすら信じられないカードだったのだろう。
「オレのターンだ」
 こちらの手札は三枚。フィールドには上級モンスター『スカルデーモン』が一体。敵フィールドには守備表示のハーピィ・レディ1が三体。彼女が三枚目の『ハーピィズペット仔竜』を引き当てるのが先か、オレが彼女のLPをゼロにするのが先か、それがこのデュエルの雌雄を決する。
「ドロー。LP250を払ってスタンバイ終了」
 引いたカードは、『リビングデッドの呼び声』。墓地から攻撃表示でモンスターを蘇生させることができる。『墓守の呪術師』を蘇生させれば、オレの勝ちが決定する。
 ――罠カードは相手ターンに移らなければ発動できない。だが、オレの勘が正しければ、彼女の手札にあるカードは……「アレ」だ。
「どうしたの? いいカードがないのかしら? 戦略もなしにカードを選ぶから、そういうことになるのよ」
 ――戦略……そうか!
「たしかにオレのデッキには、あんたみたいにちゃんとした戦略もない。だが、ひとつだけ見逃していることがあるぜ」
 わざと墓地に眼を落とした。何を狙っているのか、相手に教えるために。
「デュエリストの強さは、カードの強さだけで決まるわけじゃない。デュエリストとカード、その調和がデュエリストの強さなのさ。それを今、証明してやる! カードを二枚伏せ、スカルデーモンでハーピィを攻撃!」
 三体のハーピィ・レディのうち、一体が落雷を食らって爆砕する。残りは二体。
「ターンエンド!」

「私のターン。ドロー。スタンバイ」
 ――今だ!
「くくく、あんたに未来は見えるか? オレには見えるぜ。あんたが惨めに敗北する未来がな」
 躊躇いという名の鞘を払い、言葉の剣を振り降ろした。
「あら、陽動作戦のつもり?」
 彼女も言葉の剣で受け止める。ここからは腹の探り合いだ。
「あんた言ったよな? 大した実力もないくせに、TADを受けに来る雑魚が多すぎるって。そんなのを相手にしていてもつまらないだろう? オレが、もっと面白いデュエルを教えてやる」
「……ふ。あんまり喋ると、負けたときに恥ずかしいわよ。それとも時間稼ぎかしら? 公式デュエルでは一ターンの持ち時間は五分。時間が来ると、自動的に相手のターンに移ってしまうものね――」
 試験官は探るようにこちらを見た。
「――でも、おあいにくさま。試験官のデュエルディスクは、ドローしてから三分四十五秒経つと、アラームが鳴る仕組みになっているのよ」
「……時間稼ぎなんて必要ないさ。言っただろう? このデュエル、勝つのはオレだ」
「口先だけならなんとでもいえるわね」
「あんたもそろそろ気付いているんじゃないのか? オレが『リビングデッドの呼び声』で、あんたが弱小と言った『墓守の呪術師』を蘇生させて、惨めな敗北をプレゼントするつもりだってことに」
 彼女が言い返そうと口を開く前に、オレは続けた。
「ハーピィのコスプレ……その色仕掛けで勝ってきたんだろうが、今回だけはその恰好が災いしたな。オレはそのエロい衣装を見ないようにするため、このデュエル中、ひたすらあんたの眼を見つめていたんだ!」
 必死だったので気付かなかったが、冷静になって考えればとんでもない台詞だ。試験官は少し赤くなって胸元を隠した。
「おかげで気付くことができた――あんたが『強欲な壺』でドローした時、一瞬だがオレのフィールドを確認したことを。あの時あんたはモンスターではなく、魔法・罠カードゾーンを見ていた。おそらくあの時引いたカードの一枚は、速攻魔法『サイクロン』だ」
 試験官の眼が揺れたのを、オレは見逃さなかった。
「……だったら、どうだっていうの」
「『サイクロン』にチェーンして『リビングデッド』を発動した場合、『呪術師』は特殊能力を発動できずに破壊される。逆に『リビングデッド』にチェーンして『サイクロン』を発動した場合、『呪術師』は特殊能力を発動させる前に破壊されてしまう。ここまで言えば、後はあんたならわかるだろう?」
 つまりこういうことだ。もしオレが今『リビングデッド』を発動させれば、確実に『サイクロン』の返り討ちに遭う。そこでオレはこのターン『リビングデッド』を発動させず、次のオレのターンで『リビングデッド』を発動させることにする。彼女がそれを阻止するには、『サイクロン』を伏せるしかない。だが、速攻魔法は伏せたターンに発動することができない。もし彼女がカードを伏せれば、オレはエンドフェイズで『リビングデッド』を発動させ、オレの勝ちとなる。
 おそらく今の彼女には、三つの道が見えているだろう。一つは『サイクロン』を発動させ、『リビングデッド』を破壊するというもの。だがオレの伏せカードは二枚。確率は二分の一だ。
 もうひとつの道は、罠カードを伏せ、エンドフェイズに移るというもの。そこでオレが『リビングデッド』を発動させれば、手札の『サイクロン』で返り討ちにすることができる。だがもしオレが罠カードであると見破れば、次のオレのターンで『リビングデッド』が発動し、オレが勝つ。
 最後の道は、裏をかいて『サイクロン』を伏せるというもの。さっきとは逆に、オレが『リビングデッド』を発動すれば彼女の負け、させなければ『リビングデッド』を無効とすることができる。
 ――人間、迷ったときは経験則に頼りたくなるはずだ。彼女は「罠を見抜く眼力を見込まれて試験官になった」といっていた。とすれば三つの道のうち、彼女がもっとも自信があるのは最初の道……。
「相手の心理を読んだほうが勝つ。どう? デュエルはこうでなくちゃ面白くないだろう?」
 女は笑った。自信に満ちた笑みだった。
「面白いわ。そのゲーム、乗ってあげる。でも、そのままのルールじゃつまらないから――今から私が二枚のうち、どちらかを選ぶ。それがもし『リビングデッドの呼び声』なら、『正解』と言いなさい」
 やはり最初の道――リビングデッドを当てる道――を選んできた。魔法・罠を見分ける眼に絶対の自信を持っているのだろう。
「いいぜ。ただしもうひとつルールを付け加えさせてもらう。あんたは指名したカードを、オレが『正解』あるいは『不正解』と言った後で、かならず『サイクロン』で破壊しなくてはならない」
「オーケー。それじゃ、ゲームスタート!」
 ゲームの開始を告げるかのように、試験官のデュエルディスクからアラームが鳴る。彼女のターンは残り一分十五秒。
 美貌の試験官は細い指を立てたかと思うと、いきなり左の伏せカードを指差し――たっぷりオレの表情を観察してから、右のカードを指した。
「前のターン、あなたは左、右の順にカードを伏せた」
 まるで殺し屋のような眼光だった。端正な顔立ちは、表情を殺すと恐ろしいほど冷たくなる。
「ミラーフォースの例があるから、普通の神経なら、後から罠を伏せることなんて怖くてできない。だから最初に罠を伏せるはず。でも、あなたは私が絶対に当てられないと踏んで、このゲームを仕掛けてきた。そうでしょう?」
「ご名答」
 オレは彼女を見返した。
「裏の裏を読んで、最初に罠を伏せる――と私が考えると思って、あえて後から伏せた……と私が考えると思ったあなたは、こうも考えたはずだわ。もし、裏の裏の裏を読まれたらどうしよう? さらにあなたをこんな考えが襲う。きっと人間、どちらかを迷ったときは、経験則に頼るはずだ。となれば、後から伏せたほう、つまり右を破壊するはずだ、とね」
 残り四十秒。
「私が指名するのは、左のカードよ。どう?」
 オレは眼を伏せて笑った。
「まいった、オレの負けだ。大正解だよ。やっぱり年の功には勝てない」
「では手札から速攻魔法『サイクロン』を発動」
 獲物を狙う猛禽類の瞳で、オレの伏せカードに視線を投げ、

「破壊するのは――右のカード」

 瞬間、室内の空気が凍りついた。
「……おいおい、試験官がルールを破っていいのかよ?」
「破ってないわよ。あなたは、『正解』ではなく『大正解』と言った。……私をだし抜くには、ちょっと甘かったわね」
「やられたよ。まさか、本当に見破られるとは……」
 フィールドに暴風が発生し、オレのトラップカードを破壊する。
 罠カード『物理分身』を。
「――なっ!」
 『物理分身』。相手モンスター一体をコピーし、それに化ける罠カード。
「論理的な性格が災いしたな」オレは片頬をゆがめて笑った。「あんたは非論理的な考え方が苦手なんだ。だからオレが『リビングデッド』をあえて伏せず、勝利を一ターン見送るという行動を取るとは、考えも及ばなかったのさ――どう? 面白いデュエルだっただろう?」
「――そうか、『サイクロン』を先に使わせるために……っ!」
「気づくのが遅すぎたな。もう時間がないぜ?」残り十五秒。
「……ふ。でも、勝つのは私よ。ペット仔竜を召喚。スカルデーモンに攻撃!」
 ペット仔竜の攻撃力は3000。攻撃力2500の魔王は火球に包まれる。
「さらに二体のハーピィで直接攻撃!」
 ハーピィの攻撃力は1900。オレのLPは1700。この攻撃は通せば、オレの負けだ。
「速攻魔法発動! 『スケープ・ゴート』!」
 丸々とした四体の羊がオレのフィールドに現れる。攻・守共に0のモンスターだが、このターンを守りきるには充分だった。
 ハーピィ二体の攻撃を浴びて、羊の数は半分に減った。同時に、彼女のライフカウンターに「TURN END」の文字が浮かび上がる。
「……ほらっ、ボーヤのターンよ!」
「オレのターン。ドロー。……オレ、あんたを誤解していたかもしれない。その恰好はともかく、あんたの実力は本物だ」
 前のターン、『サイクロン』を出す前に『ハーピィズペット仔竜』を出し、攻撃する道もあった。少なくとも、そのほうがリスクは少なかったはずなのだ。それをしなかったということは、「罠を見抜く眼力」に絶対の自信を持っていたからに他ならない。そして現に、彼女は罠カードを当てた。
 少しでも何かが違っていれば――負けていたのはオレのほうだった。
「一枚伏せて、ターンエンド」
 伏せたのはもちろん『リビングデッドの呼び声』。あとは彼女のターンがくれば、オレの勝利が決定する。
「私のターン。ドロー」
 ドローカードを一瞥したかと思うと、眼球を射潰すような眼光でこちらを睨んだ。
 今は彼女のターン。彼女が優先権を放棄しない限り――スタンバイフェイズに移行すると宣言しない限り――オレは罠カードを発動することができない。
 どれくらい見つめ合っていただろうか。再びデュエルディスクのアラームが鳴ったとき、彼女は長いまつげを閉じた。
「サレンダーよ。あなたが『リビングデッド』を伏せていることは間違いない。弱小モンスターにやられるくらいなら、自ら幕を引くほうを選ぶわ」
 そう言って、デッキの上に手を乗せる。サレンダーカード。降伏するという意味だ。
「え……勝った?」
 いざ本当にそうなってみると、信じられない思いでいっぱいだった。
「おめでと。あたしも試験官になって長いけど、サレンダーで負けたのはボーヤが初めてよ。自慢していいわ。今度デートしない?」
 今度はオレが赤面する番だった。
「オ、オレ、すす好きな子いるんで」
「……ふ。冗談よ。そんなに赤くならないで」
 彼女はデュエルディスクを外し、机の上に置いた。ゆっくりとした動作でオレを見上げる。その眼はもはや猛禽のそれではなく、仔を見つめる母獣のまなざしだった。
「久しぶりに楽しいデュエルだった――ありがとう」
 綺麗な笑顔だった。それは造形の美ではなく、たとえば出産を終えた後のような、マラソンを完走しきったときに内面から生じる美しさだ。
 名前も知らない試験官と、その瞬間だけは通じ合えたような気がした。




☆アトガキ☆

 『墓守の呪術師』はきっと強い。こんにちは。プラバンです。
 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 二つ目のハーピィデッキの登場です。
 天音のハーピィデッキは守備に重点を置いていましたが、
 今回は攻撃型のハーピィデッキを出してみました。
 ハーピィデッキはいろいろな戦略が組めるため、非常に面白いデッキのひとつだと思います。
 同時に、使いこなすのが難しいデッキでもあります。

 OCGを、そして大会を基準に語るなら、ハーピィデッキはたぶん、「弱い」デッキにカテゴリされるでしょう。
 けれど、「常勝するための」デッキにはない面白さが、戦術が、そこにはあります。
 「常勝するため」のカード、戦術というのは、ある程度確立されてしまっていて、そこに準拠するデッキを「強い」デッキ、しないデッキを「弱い」デッキと呼んでるだけではないのかなぁ、と時々考えます。
 ……いえ、別にサポートカードを増やしてハーピィデッキを強くしてくれコ○ミさん、という意味ではなくてですね。(追記・『ハーピィ・クィーン』登場! コ○ミさんありがとうっ!)
 「勝つためにデッキを組む」「デュエルを楽しむためにデッキを組む」を両立できる方法はないのかなあ、と理想を追い求めたくなることが、時々あるのです。

 さて、次回はTADの二戦目です。
 また変な奴が登場するかもしれません。
 お楽しみに。


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