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アンティ or セーフティ


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 目の前に選択肢がふたつあり、どっちも選びたくないけど選ばなくてはならない、そんな状態をジレンマと言う。たとえば勉強か浪人か、という悩みがそうだ。ハロウィンでおなじみのセリフに「トリックオアトリート!(お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ)」というのがあるが、あれも一種のジレンマを迫っているといえなくもない。
 この状況をハロウィンっぽく説明するならば、「アンティオアセーフティ」というのが妥当だろう。アンティというのは賭けカードのことだ。ポーカーでテーブルに着くために払う賭け金anteからきている。乗るか引くか、張るか張らないか。訳すとそんなところだろう。
「ほらほら、どっちにするんだよ。俺も暇じゃないんだぜ?」
 とさっきからオイラにジレンマを迫っているのは、生まれる国が違っていたなら、今夜はお化けの格好をして近所を練り歩いていたかもしれない年頃の少年だった。声変わりの真っ最中らしく、かすれ声が印象的だ。
「『ホルス』を取り返したいんだろ? だったら男らしくアンティデュエルでかかってこいよ。それが嫌なら諦めれば?」
 ああ、なんでこんな人とアンティデュエルしてしまったんだろう。心の中で盛大に嘆息する。もしタイムマシンがあったら20分前の自分に教えてやりたい。友人相手の下手なプレイングも初心者にありがちなミスも、すべては罠だったのだ。「絶対勝てる」と確信したカモに、アンティデュエルを承諾させるための。
「いいの? 早く決めてくれないと、俺の友達ホルスデッキを組みたがってたからトレードしちゃうよ」
 さっき賭けに負けて失ったカードは『ホルスの黒炎竜LV6』という、相場で言えばそこそこのレアカードだった。取り戻したければもう一度アンティを賭けろという。しかしまた負けたらと思うと、なかなか承諾できなかった。
「もうちょっと考えさせてくれない?」
「じゃあ、あと5分だけ待ってやる。これで最後だからな」
「わかった。5分だな。絶対に待ってろよ」
 言質を奪って急ぎ足でデュエルスペースを出た。2階はゲームショップになっていて、そこには中学3年生の兄がいる。認めたくないがデュエルの腕はオイラより上だ。一段飛ばしに階段を駆け上がって、兄の姿を探した。
 中古ゲームを漁っているのを見つけて、ほとんど突進する勢いで詰め寄る。
「ミドリっ! オイラの代わりにデュエルしろ!」
 兄は面食らった様子で「なんだ、アキラ? どうしたんだ?」と間の抜けたことを言う。手短に説明して時計を見ると、わ、もうあと2分。もぎ取るようにして腕からデュエルディスクを外し、ミドリに押し付けた。
「頼むよ。この埋め合わせは後でするからさ。この通り」
「いや、そんなこと言われてもな……」
 頭の上で合掌して、雨乞いよろしく拝んで見せると、ミドリは「仕方ないな」と嘆息して、自分のデッキを取り出した。
 ミドリの腕をつかんで全力疾走でデュエルスペースに戻る。少年は、律儀に腕時計とにらめっこしながら待っていた。ミドリを見て、
「なに、そっちの人」と訝しげな声を上げる。
 ミドリは質問を無視して、少年の前に座った。
「少年、『ホルスLV6』を賭けてデュエルがしたい。こっちは何を賭ければいい?」
「少年じゃねえ。見沢っていう。そっちが出せる最高のレアカードは?」
「『迅雷の魔王−スカル・デーモン』」
「それでいい。その代わり、ホルスとデーモンはテーブルに置いた状態でデュエルしてもらう」
「いいとも」
 デッキから『スカル・デーモン』のカードを抜き出して、テーブルに置く。あのカードはたしかミドリのデッキでは最強のカードだったはずだ。それ無しで勝てるんだろうか。なんだか心配になってきて、ミドリの表情を窺おうと近づいた。
 ミドリは心配するなとでも言うようにオイラの肩に手を置いて、こう言った。
「ちなみに、デュエルするのはこいつだから」
「…………はい?」
「それじゃ、あとはよろしく」
 とびに油揚げ。
 デュエルディスクを外して立ち上がり、デュエルスペースを出て行くミドリの後姿を、オイラは呆然と眺めているしかなかった。
「と、いうことだそうだけど」
 見沢を見ると、彼はホルスのカードを抜き出してテーブルに置き、デッキケースから別のデッキを取り出してデュエルディスクに装着するところだった。ちょっと待て聞いてないぞ。こちとらさっきからロックバーン対策ばかり考えてたっていうのに。
「やるの、やらないの?」
 アンティオアセーフティ。これがラストチャンス。答えは初めからわかりきっていた。背中を押してもらったとはいえ、一歩を踏み出したくないと思っていたわけではないのだ。
「もちろん、やる」

 そうして決闘の幕は、切って落とされた。

「俺のターンからだな。ドロー。さっきも言ったとおり、スタンバイフェイズ終了はスタンバイって略す。カードを二枚伏せて、ターンエンド」
 自信たっぷりの見沢に対し、オイラはほとんどパニック寸前だった。まずい。とんでもなくまずい。手札を見ただけでそう断言できる。なぜなら、
 ――これ、ミドリのデッキじゃん……。
 自分のデッキを戻すことをすっかり失念していた。ミドリとは何度か対戦してデッキの内容はほぼ把握しているものの、知っていることと使えることは別物だ。
 しかしデュエルが始まった以上、これで行くしかない。慎重に場と手札を見比べた。
 相手の場に伏せカードが二枚。スーパーエキスパートルールではターンごとに手札から出せる魔法・罠の数はそれぞれ一枚ずつ。つまり見沢の場には魔法と罠が伏せられていることになる。
 ――モンスターを出さないのは、罠か、それとも事故か。まずは様子見と行くか。
「『クリッター』を召喚。攻撃!」
「罠カード発動。『ディメンション・ウォール』」
 仕掛けられていたのは、戦闘ダメージをそのままはね返す罠カードだった。クリッターの前方に黒い穴が生まれたかと思うと、あっという間に吸い込まれた。同時にオイラの眼前も穴が発生し、そこから茶色の塊が鉄砲玉よろしく射出される。毛ダルマに似たモンスターはデュエルディスクにぶち当たってフィールドを転がった。
 見沢は挑発するような口調で、
「バカか。あの状況でよく攻撃できるな。罠に決まってるだろ」と笑った。
「うるせー。カードを一枚伏せてエンドだ」
「俺のターン。ドロー。スタンバイ。カードを二枚伏せて、エンド」

「オイラのターン。ドロー。スタンバイ。『クリッター』を生贄に、『氷帝メビウス』を召喚。いま伏せた二枚を破壊すると同時に、クリッターの効果でデッキから『墓守の偵察者』を手札に加える」
 さぞや慌てているだろうと見沢の顔を窺った。不快そうに顔をゆがめている。
「お前さ、センスないよ。こっちが罠を張れば犠牲の少ないクリッターで様子見する、伏せカードを増やせばメビウスを出してくる。まるっきり教科書どおりのデュエルって感じ。つまんねえの」
「……なにがわるい」
 わるくはないけどさあ、と呟いて見沢は視線をそらす。
「ま、いいや。『メビウス』で破壊される前に、『砂塵の大竜巻』発動。そっちの伏せカードを破壊する」
 豪腕の仮面戦士が諸手を上げると、鉄砲水がフィールドを襲った。『生贄召喚されたとき、相手の場の魔法・罠を二枚破壊する』の効果にしたがって、見沢の伏せカード(『砂塵の大竜巻』と『暗黒の扉』)が押し流される――と、突如として濁流は竜巻に変化し、こちらの伏せカードをめがけて逆走してきた。
「『光の護封剣』を葬ったか。まあまあだな。さて、『砂塵の大竜巻』のテキストにしたがって、カードを一枚伏せさせてもらうぜ」
 見沢の伏せカードが二枚に増える。
「無駄だ。このターンに伏せたカードは発動できないはず。メビウスで攻撃!」
 仮面戦士がフィールドを駆け抜け――大腕を見沢のデュエルディスクに打ち付けた。一気に2400ものLPが削られる。「やった!」
 見沢は綿毛でも吹き飛ばすかのように、ふーと息を吐いた。
「なーんか、チョーシ狂うんだよなあ……」
「もう負けたときのための予防線か? 見苦しいぜ」
「別にデュエルの調子が狂ってるわけじゃねえよ。お前のデュエルは単調すぎてつまらないって言ってるんだ。お前のターンは終わりか?」
 むっとして言い返す。
「カードを一枚伏せる。これでエンドだ」
 伏せたのは『洗脳−ブレイン・コントロール』。
 見沢は意に介さずといった様子でカードを引く。
「まずは前のターンで伏せた『死霊ゾーマ』を発動。効果は知ってる?」
 オイラは首を横に振った。
「こいつは発動した後、攻撃・守備力が1800、500の罠モンスターとして守備表示で特殊召喚される。さらに戦闘で倒されると、倒したモンスターの攻撃力がそのままお前へのダメージとなる。早めに『サイクロン』なんかで対処しないと、次のターンでメビウスに攻撃を仕掛けるぜ」
「厄介だな……」
「モンスターを守備表示。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 ――いま、手札にはサイクロンも大嵐もない……。
 魔法カード『洗脳』は、LP400と引き換えに相手モンスターのコントロールを奪うカードだが、効果は一ターンしか続かない。ゾーマを奪って生贄にしようにも、手札に上級モンスターがない。
 ならばいっそのこと、『メビウス』で守備モンスターを破壊、ゾーマでダイレクトアタックに持ち込むか? だめだ。不確定要素が多すぎる。もし伏せカードが罠モンスターや攻撃誘発系だったら、『洗脳』の打ち損になってしまう。
 やはり戦闘でゾーマを破壊するしかなかった。手札の中で最も攻撃力が低いのは『墓守の偵察者』。
 ――だが1200ダメージはでかい。せめて次のドローで『大嵐』か『サイクロン』が来てくれれば……!
「オイラのターン! ドロー!」
 引いたのは――モンスターカード。
 思わず笑いが漏れた。
「どうした。『サイクロン』でも引けたのか?」
「いいや、現実はそこまで甘くなかった。でも、そう辛いもんでもないみたいだ。手札から『墓守の呪術師』を召喚!」
「は、『墓守の呪術師』だと!?」
 彼が驚いたのも無理はない。レベル3、攻撃力、守備力ともに800。場に出たとき相手プレイヤーに250ポイント与える他は、何の特徴もないクズカード。兄とはいえ、このカードがデッキに入っていると知ったときは神経を疑ったものだ。
「だが、こいつなら最小限の被害でゾーマを倒せる! いっけえ! ゾーマに攻撃!」
 呪術師の投げた杖がゾーマの喉元に突き刺さる。ゾーマは一瞬濁った眼を見開いた後、ぐにゃりと歪んで漆黒の矢に変化し、オイラのデュエルディスクに突き刺さった。
「さらにメビウスで守備モンスターに攻撃! どうだ!」
 驚愕の表情から一転、見沢は歪んだ笑いを浮かべた。
「かかったな」
 守備モンスターは『メタモルポット』。双方のプレイヤーに手札を捨てさせ、そのあと5枚引かせるというものだった。
「ゾーマは囮だったのさ。サイクロンで壊されてもよし、攻撃力の低いモンスターで破壊されればなおよし。どっちにしろ、派手な効果に気を取られて、隣の守備モンスターにまで注意を払わなくなる。さっきまでお前、完全にゾーマしか見てなかったぜ?」
「それがどうした。お前の手札は三枚! 五枚に増えたからといって、たいしたことはないぜ」
「違うな。そのセリフが出てくること自体、お前が俺に勝てないことの証明だ。ちゃんとしたプレイヤーなら、俺のデッキが『ウォールバーン』だってことにとっくに気付いているはず。そしてバーン系を使う上で一番怖いのが手札切れだってことにもな。メタモルポットの発動で、俺は必要ないカードを捨てられ、確実に手札が潤う。お前は自分の軽率な攻撃を反省するべきだったんだ。それがなんだ? 3枚が5枚に増えたからたいしたことはない? お前、よくその程度でアンティデュエルを受ける気になったな?」
 何も言い返せなかった。
 ターンが見沢に移る。
「――だが、デッキは面白い。そのデッキ、お前が作ったものじゃないな? 性格が違い過ぎる。……そうか、さっきの男だな?」
 沈黙を肯定と受け取ったようで、見沢は高笑いした。
「けっこうけっこう。このデュエルが終わったら、あいつと戦うことに決めたよ。少しは面白いデュエルができそうだ」
「へっ。ミドリはオイラよりずっと強いんだぜ? アンティデュエルなんかしたら、レアカードを根こそぎ奪われるぞ」
 そう言ってやると、見沢はゆっくりとかぶりを振って、
「わかってないなあ」と呟いた。
「センス云々の前に、デュエリストとして失格だな。お前、一体何のためにデュエルしてんの? いや、答えなくてもわかってる。楽しいからだろ? つまんねえ理由」
「だったらお前は、どんだけ高尚な理由でデュエルしてるんだよ?」
 そう訊くと、見沢はとつぜん眼を輝かせた。
「興奮さ! ワクワクしてえからデュエルしてる。強い奴とデュエルしてるときのドキドキ感がたまんねえ。アンティルールならなおさらだ。負けるかもしれない、大切なカードを失うかもしれない、そんなギリギリの感触が俺は大好きなのさ!」
「おまえ、変態か?」
 見沢は眼を見開き、歯をむき出しにしてあざ笑う。
「甘い! 甘い甘い甘い甘い! お前はデュエルというものを根本から誤解している! デュエルとは限りなく高度なコミュニケーション! 擬似生命を使った交渉だ! 命を賭けて戦略を立て、相手の腹を探り、時には騙して自分の要求を通す! それこそがデュエルの醍醐味! 結果としての勝利と快楽しか求めない人間に、デュエリストの価値はない!」
「価値が……ない、だと?」
「教科書デュエリスト君はお呼びでないってことだ。さっさと終わらせてもらう。手札より『溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム』を特殊召喚」
 場の『メビウス』と『呪術師』が消え、代わりにマグマの体を持った巨人が現れる。
「そいつはコントローラーのライフを毎ターン500削っていくが、攻撃力は3000とすこぶる高い。上手く使ってくれよ。カードを一枚伏せてターン終了!」

「オイラのターン! ドロー! スタンバイ」
「おっと。スタンバイフェイズでいま伏せたカードを使わせてもらうぜ。永続罠『生贄封じの仮面』。こいつが場に出ている限り、いかなる生贄も行うことができない。つまり、お前はずっとゴーレムの世話を見続けなきゃならないってことだ!」
 高笑いが耳をつんざく。こいつのデッキはウォールバーン。相手の攻撃を跳ね返すことに特化したデッキタイプだ。ゆえにこちらが攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、相手の思う壺ということになる。
 ――もし、リバースカードが『ディメンション・ウォール』だったら、オイラの負けだ……!
 攻撃はできない。だが、何もしなくてもゴーレムにライフを削られていく。上級モンスターの召喚は封じられ、手も足も出ない。アンティもセーフティも、そもそも選択肢自体が存在しない。
 ――だめだ、勝てない。思想も実力もデッキの完成度も、なにもかも違いすぎる……!
「ちくしょう……」
 M&Wを始めたのは友達に誘われたから。楽しそうだったからルールを覚えて、デュエルした。楽しかったからカードを買い続けた。だけどそんな理由じゃ、ダメだったんだ。
「勝てねえ……!」
 手札には可能性がある。信じればカードが答えてくれる。そんなのはまやかしごとだ。明確な理由をもってデュエルしている人間には敵わない。ただ楽しくてデュエルしているヤツは、デュエリストとして失格。それが現実なんだ……!
「なんだ、震えてんの? なっさけねえなあ。じゃあさ、サレンダーしてよ。さっきの人とデュエるからさあ」
 見沢の嘲笑が胸を焦がす。だがどこか懐かしい。前にどこかで、同じことを言われたような気がした。

 ――なっさけない。また逃げの一手か。アキラ、お前は罠を警戒しすぎ。罠ってのは使いきりなんだから、ガンガン攻撃して使わせればいいのに。
 ――でもさ、自分のモンスターがやられたらもったいないじゃん。
 ――カードを大切にする気持ちはわかるがな、お前が負けたら、使われなかったカードはもっと惨めなんじゃないか?

 そうだ。ミドリはいつだって、罠に怯えるなと言っていたじゃないか。
 このデッキはミドリのデッキだ。このカードはミドリのカードだ。だったら――。
「どうした。サレンダーする気になったか?」
「――冗談じゃない」
 そう、冗談じゃない。ミドリに代わりにデュエルしてくれと頼み込むなんて。罠に怯えて何もしないなんて。攻撃の選択肢を初めから切り捨てるなんて。そんなのは決闘者とは呼ばない。
 アンティかセーフティか。答えはもう出ている。
 決闘者とは、闘うことを決めた者だ。だから――
「『ラヴァ・ゴーレム』でダイレクトアタックだ!」
 声を大にして宣言する。口に出してしまえば、それは思っていたより勇気のいる言葉ではなかった。
 ぴゅう、と見沢が口笛を吹く。
「ほほう。罠とわかっていて踏み込む勇気があったとは。少し見直したぜ」
 それから伏せカードを表にし、トラップカードを発動させた。
「『メタル・リフレクト・スライム』。守備力3000を誇る罠モンスターだ。攻撃は通らないぜ」
 呆然として、言葉が続かない。いまのいままで絶望的だと思っていた状況が、ただ攻撃をしただけで――こんなにもあっさり逆転するなんて。
「モンスターを召喚したのが運の尽きだ! 手札より魔法カード『強制転移』を発動! スライムとゴーレムのコントロールを入れ替えるぜ!」
「なっ……!」
「『生贄封じの仮面』がアダになったな。さらに一枚伏せて、ターンエンド!」
 初めて見沢の表情が驚愕に染まるのを見て、勝てるかもしれないと考える。勝って、ホルスを取り戻せるかもしれない。
 しかし、見沢の表情に余裕が戻るのはあっという間だった。
「なかなか見事な一手だ……と、言いたいところだが」
 と、唇の端を吊り上げて笑んでみせる。
「いまの行動でお前の敗北が決定した。俺のターン。ドロー。スタンバイ。伏せカード『大嵐』を発動。すべての魔法・罠カードを消し去る」
 邪魔な『生贄封じの仮面』も、罠モンスター『メタル・リフレクト・スライム』も大嵐によって消える。場に残るのは、攻撃力3000を備えた『ラヴァ・ゴーレム』のみ――。
「これで終わりだ! 『ラヴァ・ゴーレム』の攻――なにっ!」
 見沢は、攻撃宣言を半ばでぶち切って瞠目した。
「ラヴァ・ゴーレムがなぜ……!? どういうことだ!?」
 見沢が驚くのも当然だ。まるで鏡合わせのように、オイラの場にもラヴァ・ゴーレムが出現していた。 
「『大嵐』で破壊される寸前、『物理分身』を発動したのさ! こいつは相手モンスターのコピートークンを、このターンのみ出現させる罠カード! どうだ、攻撃できまい!」
「く……く……くくく。ハーハッハッハ!」
 得意の高笑いを始める見沢。しかしその笑いは、今までと違ってどこか無理しているように聞こえた。
「どうした。当てが外れておかしくなったか?」
「外れるも何も! 当てが外れたのはお前のほうだ。フィールドをよく見てみろ」
 言われてフィールドを見返してみる。鏡に映したように、二体のラヴァ・ゴーレムが向かい合っている以外、不自然なところは見当たらなかった。
「わからないか? なら教えてやる。ラヴァ・ゴーレムで攻撃!」
 そこでようやく気付く。
「……しまった!」
「ハッハッハ。コピートークンは守備表示で出すべきだったな。相打ち攻撃でゴーレムは消えた! カードを一枚伏せて、ターン終了!」

 ターンが移行する。オイラのターン。ドローカードは『月の書』。
 ――あのカードは罠かもしれない。けど、今こそ勝つ最大のチャンス……!
「『墓守の偵察者』を召喚! プレイヤーに直接攻撃だ!」
「なら、ダメージステップで永続罠を使わせてもらう」
 ゆっくりと起き上がるリバースカード。その正体は――『銀幕の鏡壁』。
 M&Wの初期に製造されたが、コストなしで相手の攻撃力を半分にし続けるという強さがたたってすぐに製造中止。しかし近年、毎ターン1000ポイントのコスト付きで再販されたカードだった。
 『偵察者』の攻撃力は1200。その半分の600ポイントが叩き込まれる。
「カードを一枚伏せ、ターン終了」
「俺のターン。ドロー。スタンバイ。『怒れる類人猿』を召喚。『偵察者』に攻撃」
 肉薄する類人猿の視線を追って、おかしなことに気付いた。偵察者の攻撃力が600のままだ。見れば、コストを払えずに消滅したはずの『銀幕の鏡壁』がなぜか厳然と存在している。
「ちょっと待て。なんで『銀幕の鏡壁』が消えていないんだ?」
 首をかしげて訊ねると、見沢は邪悪な笑みを浮かべた。
「けけけ。当たり前だろう。こいつはコストが追加される前の、製造停止になったヴァージョンだ。破壊されない限り、ずっとお前のモンスターの攻撃力を半分にし続けるぜ」
「そ、そんな! そのヴァージョンは禁止カードのはずだ!」
「事前に禁止カードのルール確認をしなかったお前が悪い。類人猿の攻撃で1400ダメージが入る」
「させない! 伏せカードオープン! 『月の書』!」
 裏守備表示になった『偵察者』に『類人猿』のパンチが炸裂する。だが、実体化した『偵察者』は体を回転させてかわした。
 類人猿の攻撃力と偵察者の守備力は共に2000。戦闘は引き分けだ。
「さらに偵察者の効果によって、デッキから別の墓守を出すことができる――いくぜ」
 勢いよくデッキを抜き出して墓守を探す――数十秒後、オイラは机に突っ伏していた。
 ――なんでミドリ、『偵察者』を二枚しか入れてないんだよ……。
 偵察者の効果は不発。ふたたび見沢に優先権が戻る。
「まったく、面白いデッキを組む男だ。ますます闘いたくなってきたぜ。カードを一枚伏せ、『強制転移』を発動」
 『偵察者』と『類人猿』が入れ替わる。一見意味のない行動に見えたが、手元に回ってきた『類人猿』のテキストを見て、そのコンボの意味するところに気付いた。
 ――『怒れる類人猿』は、毎ターンかならず攻撃しなければならない。ってことは……!
「気付いたようだな。そう、『銀幕』の効果で攻撃力1000になったにもかかわらず、攻撃を止める事は許されない……ターンエンドだ!」

「オイラのターン! ドロー!」
 ドローカードは『龍骨鬼』。レベル6のアンデッドモンスターだ。よし、これでゴリラを生贄にできる。
「いいカードを引いたようだな。顔に出てるぜ。伏せカードオープン!」
 『生贄封じの仮面』。
 ――っ!
 希望から絶望へ、カードを裏返すだけで簡単に状況が変わってしまった。残りの手札は『昇天の角笛』『聖なるバリア−ミラーフォース』『ピラミッド・タートル』と、この状況ではまったく役に立たないカード。
「くそ……ゴリラで偵察者に攻撃して、ターンエンド!」
 たった一度のバトルで1000ポイントものライフを削られ、残りLPは700。次のターンでなにもできなければ負ける。
 見沢は唇をひん曲げて、見下しているのか笑っているのかよくわからない表情を作った。
「ま、教科書デュエリストくんにしてはよく頑張った方だな。俺のターンはドローして終了。さ、とっとと決着をつけようか」
 この状況を唯一打破できるカード。それは『大嵐』だ。『生贄封じの仮面』が消えれば『龍骨鬼』を召喚できるし、『銀幕の鏡壁』を破壊できれば、攻撃することも可能になる。
 デッキに指を乗せて、祈るようにカードを引く。
 ――こんどこそ勝つ。勝って『ホルス』を取り戻す!
「ドロー!」

 引いたカードは――大嵐、ではなかった。

 ――だめだ。こんなカードじゃあ、どのモンスターを呼び出したって、『銀幕の鏡壁』の前じゃ無力……。
 負けてしまったのだという絶望よりも、勝てていたかもしれないという悔しさのほうが大きかった。せっかく、あともうちょっとのところまで追い詰めたのに。
「おーアキラ、まだデュエルしてたのか?」
 そのとき、後ろから声が掛かった。振り返らずとも、このデッキの持ち主であるとわかる。
「ってもう終わるところか。うっわ。めちゃくちゃ惜しいな。あとちょっとで勝てたのに。なあ見沢少年」
 能天気な声が追い討ちをかける。

「――このデュエルは、アキラの勝ちだ」

「へっ?」
「バカな!」
 期せずして奇声が重なる。見上げると、ミドリは見沢に向き直って、
「なあ見沢少年、『銀幕の鏡壁』は強い。コストがなけりゃほとんどM&W界最強のカードだと言ってもいい。だがな、カードってのは使い方しだいで、強くも弱くもなる。最弱カードが最強カードを凌ぐことだってあるんだぜ?」
 そこで振り返って、見沢からは見えないよう、ウインクしてみせる。
 もちろんその合図がなくても、オイラは気付いていた。
 最弱のカードを、最強に変える方法を。
「400ライフを支払い、魔法カード『早すぎた埋葬』発動! 墓地から『墓守の呪術師』を特殊召喚!」
 呪術師は場に出た瞬間、相手プレイヤーに250ポイントダメージを与える。これで見沢のライフは0。
「オイラの――勝ちだ!」


 ずるいずるい。他人のアドバイスを受けて勝つなんて禁止行為だ、このデュエルは無効だと喚きだした見沢は、ミドリの放った一言によってあっさり撃沈した。
「事前に禁止行為のルール確認しなかったお前が悪い」
 余談だがその後見沢は、それならデュエルで勝負だ、とミドリに食って掛かり、あっさり負けて『溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム』を失ったりもしていた。
 帰り道、ミドリと肩を並べて歩きながら、ふと思いついて訊いてみる。
「ミドリ、どこまでが計算どおりだったんだ?」
「なんのことだ?」
「とぼけんな。何の打算もなく『スカル・デーモン』を賭けたわけじゃないんだろう?」
「まさか。アキラが勝つと信じてたさ」
「うそつけ。本当はオイラに度胸をつけさせるために――」その先は恥ずかしくて口ごもる。咳払いして、無理やり話題を変えた。
「それより、さ。ミドリにとって、デュエルする理由って何だ?」
「お前が相手してしてと喚くからだろうが」
「……じゃあさ、昔、別のカードゲームやってたじゃん? MTGとかいうの。あれはなんで? やっぱり楽しかったから?」
 ミドリは牛乳と間違えて米のとぎ汁を飲んでしまったような難しい顔をした。
「楽しかったからっていうのもあるが……あの頃は、自己顕示欲みたいなものもあったな。オレはこんなことができるんだぞって周りに示したかったというか」
「ふーん。やっぱり、そういう具体的な理由があったほうが、デュエルは強くなるのかな」
 そうだという答えを期待していたが、ミドリの返答は違っていた。
「そんなわけないだろ。理由なんてけっきょく、デュエルが始まるまでのもんだ」
 当然だろうという顔で続ける。
「いったんデュエルが始まったら、どんなご大層な理由を持ってたって関係ない。勝つか負けるかだ。その覚悟を持たない奴はかならず負ける。決闘者ってのは、覚悟を決めて闘う者、って意味なんだぜ」
 ミドリを見上げると、いつになく真剣な表情をしている――ように見えたが、すぐに表情を崩して、
「どうだ、オレもたまにはいいことを言うだろう」と言った。
 オレは無言でカードホルダーから一枚のカードを抜き出し、ミドリに突き出す。
「やるよ」
「おいおい、せっかく取り返した『ホルス』を? いいのか?」
「ミドリが『デーモン』を賭けてくれたおかげだし。それに――」
 初めての勝利はこのカードのおかげだったから、デッキに合わなくてもお守りのつもりでデッキに入れていた――なんて、言えるわけがない。
「それに?」
「よく考えたら、オイラのデッキには合わない。ミドリが使えよ」
「それじゃ、ありがたくもらっておく」
 大事そうにデッキケースに入れる姿を見ていると、急に郷愁が沸いてきた。
「貸すだけだからな。トレードなんかに使うなよ」
「くれるのか貸すのかどっちだよ」
「貸してやるだけだから! 大事に使えよ!」
 急に駆け出したくなって、ミドリを追い抜いて先へ進む。振り返って叫んだ。
「置いてくぞー!」
「……小学生は元気だな」
 ミドリの声をはるか後方に感じながら、ふと、プロになりたい、と思った。
 カード・プロフェッサーになりたい。そして、誰もがあこがれるような強いデュエリストになった頃に、インタビューでこう答えるのだ。

 デュエルをする理由? 楽しいからです。と。



☆アトガキ☆

 初めての方ははじめまして。そうでない方はこんにちは。筆者のプラバンです。
 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
 もし楽しんでいただけたなら、これ以上の幸せはありません。

 さて、初めての方もいらっしゃるかもしれないので、一応説明しておきますと。
 本作は『遊☆戯☆王』を原作とした二次創作小説です。高橋和希先生とは何の関係もありません。プラバンの自己満足です。
 出てくるカードはOCGのものですが、ルールはスーパーエキスパートルールを適用しています。初期ライフ4000、一ターンに手札から出せる魔法・罠は一枚ずつという原作ルールです。また、効果ダメージやライフコストが、OCGの数値の半分になっています。(『ディメンション・ウォール』、『死霊ゾーマ』は攻撃を跳ね返すイメージなので例外)

 なるべくライトに、気軽に読める小説、にしてみたつもりです。なるべく短く短く、構想・執筆時間あわせてたった3……げほごほ。
 ハロウィンあんまり関係ないけど、ハロウィン小説です。
 拙作『X―エックス―』を既に読まれた方は、ニヤリとされたことでしょう。未読の方は、読み進めていくとニヤリとできるようになっております。 
 それではみなさま。一日遅れになってしまいましたが、よいハロウィンを。

 ※補足 『怒れる類人猿』はプレイヤーの意思で表示形式を変更して自壊できるようですが、アキラは知らなかったということで、どうかご理解ください。


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